. 玄関前にて待機するよう坂田を促し、麻祈はジャージーのズボンをジーンズに履き替えた。スウェットもあんまりだったので替えた。ドレスコードを意識したわけでもないが、それこそ外出着の分別くらい、麻祈だって持ち合わせている。
そして坂田と共に、街へ出た。
麻祈宅はJR駅にほど近い立地にあり、日本のどこの駅前でもそうあるように、リーズナブルなファミリーレストランから、極致過ぎて“ほどよい(reasonable)”の本位を失いつつある立ち呑み屋―――六席のカウンター席しかない・カウンター席には椅子さえない・メニューはツマミしかない・店員さえ(店長しか)いない・豆電球の換えすら無かった時は懐中電灯を天井に向けて立てていた―――まで選び放題だ。そのことを伝えて、バスで帰宅することを考えると坂田にとっては駅に近い店舗の方が好都合なのではないかと提案するのだが、彼女は食事することが目的なのだから都合はそちらに譲ってほしいと言う。まあ、医者と食事するのだから、どうせなら普段は手が届かない晩餐をというのは理にかなっている。うら若い女性が帰りの足を心配しないのはどうかと思うが、いざとなれば件の姉がいるのだろう。ここは日本であることだし。
(ここから近くてイイ店ってなると、……やっぱあそこか。そんな高くないから、坂田さんは拍子抜けするかな? まあ俺が奢るんだから、値段については実感ないだろ。大体にして、坂田さんだって俺だって本格フレンチに行けるような正装してないんだし。うん)
内心にて納得材料を並べていると、半歩後ろを歩いていた坂田が、ふとこちらを覗き込んで小首を傾げた。
「麻祈さん、なんだか急に楽しそうです」
「あれ。顔に出てましたか」
指摘され、麻祈は改めて己の憔悴具合を痛感した。勤務医という職業柄、はらわたが煮えくりかえっていても外見と絶縁させておける自負があるのだが、どうやら今日は職業病よりも疲労が病み過ぎているせいで外面が崩れがちらしい。
(となると、やっぱり舌から癒してもらうに限る)
店を決めた。それを坂田に話すと、異存はないとのことだった……ここから徒歩で十数分かかること、細い道から街中に入るので、バス停までの距離が開くことも含めて。
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