. 乃介蔵は大雑把に言うと、L字型に接客スペースを作った、奥へやや縦長の店である。Lの底辺が店の正面で、正面玄関から入って右のつきあたりが予約席用の小部屋、左から奥に進むにつれてカウンター席が六つとテーブル席三つが置かれている。篠葉こだわりのバーカウンターから壁棚を見上げると、ずらりと居並んだアルコール瓶の狭間にチョコレート・ソース・チューブがあることについて―――更には、壁棚横にある出入り口から垣間見える厨房に桐箱の鰹節削り器が安置してあることについて、物思いに耽らざるを得なくなる。それくらい、ここは本国居酒屋(Pub)顔負けの本格派だ。テーブル席が小粒のボロ卓なら正統派までいくだろうが、現実には角卓のどれもが四人掛けでゆったりサイズ、しっかりした造作をしていて重さもある―――子どもが戯れにフォークを突きさしたくらいでひっくり返ることもなければ、豊満な有閑マダムが長話の果てに凭れかかったところで共倒れになることもない。つまり昼のそういった客層を当て込んで営業しているので、夜に入ると店員は篠葉のみとなるし、飛び込み客用の料理は店じまいの時刻を待たずほぼ品切れだ。ある晩など、賄い料理をつまみながらグラスを傾けていたら、五組の客のとんぼ返りを見届けてしまった。断っておくが、出歯亀ではない……L字の上の突端、つまり店の最奥にレジがあるのだが、このレジの間際のカウンター席に座るのが麻祈の慣例なので、レジや厨房まわりにいる篠葉と、正面から入店してきた客とに挟まれることが多いのである。なんでまたその席に座るのかと問われれば、初来店時に座ったのがその席だったからで、どうしてその席を最初に選んだのかと言えば、裏口の窓のことがあったからだ。その席からは、厨房との出入り口を跨いで、裏口が見えたから。裏口の窓が、麻祈の第一印象だった―――
民家をお洒落に建てました、みたいな外観ですね。
「あ(Aw,)」
それが第一印象だった坂田のことを思い出して、その場でつんのめる。
麻祈は、慌てて後ろを振り返った。もうレジの間近まで来てしまっていたので、玄関先の坂田と篠葉の姿はバーカウンターに隔てられて上半身しか見えなかったが、どうやら二人はその場で自己紹介でも交わしていたらしい。特に盛り上がるでもなく話し終えて、篠葉が軽く辞儀をしつつ、片手をこちらに伸ばした。どうぞ奥へと、坂田に示した姿勢だ。No way! Hold on! は違うから―――
「Ma,て、待って! そのまま!」
切り替わりに閊えた頭に、麻祈は歯噛みした。
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