(止めてくれよ、篠葉さんも!)
うっかりいつもの軌跡を辿ってしまった自分がもちろん悪いのだが、女性の坂田が連れであることくらい、篠葉から見れば一目瞭然だったはずだ。いくらなんでも、バーカウンターに肩を並べて小皿の梅干しをつつくのは体裁に欠ける。店長らしく、気配りに欠けた客を窘めてくれたっていいじゃないか―――
とにかく、坂田の前へと駆け戻る。彼女はじゃっかん呆気に取られたような顔をして、その場でややのけぞってみせたが、それだけだ。臍を曲げたような素振りはない。
安心した反動紛れに、麻祈は素知らぬ顔をしている篠葉へと、拗ねた視線を刺した。逆恨みであることは承知している……そしてそんなことは、相手の方こそ承知の上だ。篠葉は青二才からの唐変木な当てつけなど無視して、見返してくる目には店長らしい穏やかな眼光と問いかけだけを宿していた。お客様、なにか? と。
麻祈は咳払いして、負け惜しみに幕引きした。半歩ほど横にずれて、背後の坂田を掌で指す。
「あの。今夜はこちらの方と夕食をと思って、足を運んだ次第です。予約を入れるのを失念していましたが、ふたり分の席は空いていませんでしょうか?」
篠葉は疑問そうに、やや目を眇めた。
「御覧の通り、いずれの席も空いております。大衆席でもカウンター席でも、ご自由にお使い戴いてよろしいのですよ?」
「それでも。予約席をと、お願いしているんです」
食い下がる麻祈に対して、篠葉はこだわるでもないらしい。あっさりと譲歩してくる。
「ふむ。それでは、たった今ご予約戴いたということにいたしましょう。隣席は二十時前から二名様でご予約を戴いておりますが、障りはございますか?」
「いえ。ありません。それでよろしくお願いします」
「かしこまりました。それでは、どうかご着席してお待ちください。ただいま品書きをお持ちいたします」
「はい。坂田さん。それじゃ、行きましょうか」
せりふの後半を坂田に向けて、麻祈は予約席へ向かった。大股数歩でその小部屋に踏み込むと、望んでいた風景が見えてくる。
(―――助かった。こうでないとな)
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