. 予約席は、二つあるテーブルの間を衝立で区切った、半個室の洋間である。廊下からみて奥にある窓は、乃介蔵の駐車場に面していた。店内の照度は、雰囲気を醸すため適度に絞られている……それでなくとも、これから夜の帳は厚みを増していく。頑と凝視しなければ、野外からこちらの人相が見咎められることはなかろう。
(念を入れておくに越したことはないからな)
ここは麻祈の勤務病院からも徒歩圏内であるため、病院職員が顔を出すことがないでもない……らしい。と、濁した言い方しか出来ないのは、ここに顔を出した後日に麻祈の目撃談を噂の又聞きとして職員から吹聴されることがあるからに他ならず、問題となるのもこのポイントだ。つまり、麻祈の極東産東洋人を識別する能力の未熟さでは、顔見知り程度の同僚など、平服になって髪型でも変えられてしまうと、赤の他人と同化してしまうのである。そして当たり前だが、頭髪を纏めた白衣姿で外食に訪れる者など―――麻祈にとっては当たり前だが―――いない。
坂田と会食するとなると、これははっきりと忌々(ゆゆ)しき事態である。
(誰が不都合な目撃者なのか分からないのなら、目撃者が誰ひとり出ないよう努めるしかない。野次馬から隔離してくれる部屋を借り上げられるんなら、席料なんざ安いもんだ)
佐藤葦呼と男女交際していることになっている手前、この状況を同輩にフォーカスされるのだけは断固NGだ。例の噂の二の舞になるだけならまだマシで、恐らくは例の噂まで現在進行形のように蒸し返される。予想だにアンタッチャブルな未来図である。
(今度こそ、うまくやってのける)
決意などおくびにも出さず、麻祈は坂田へと半身を返した。
「それじゃ、掛けましょうか」
呼びかけつつ、【予約済(Reserved)】と札が掛けられていない方へと、彼女を促す。といっても、テーブルに四つ差し込んである椅子のどれを指差すでなく、大雑把に上向けた手を示しただけだ。
おずおずと麻祈を追い越した坂田は、奥まった窓際の座席を選んだ。
(おっしゃ。してやったり)
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