。よくある、路肩のバス停である。立ち姿に、どことなく頭部と胴体を連想してしまう標柱が、寸胴に時刻表と路線図を貼りつけて、野ざらしにされた積年を物語っている。バスを待つ者どころか、歩道を行く者さえ、自分たち以外は見当たらない……安らかに寝付きつつある住宅街は、夜遊びに練り歩こうとするやんちゃな影のひとつすら吐き出さない。ただ、そういった寝静まった生き物であっても脈打つ鼓動が絶えないのと同じように、車道を巡る自動車も、緩慢であれど途絶えない。
それらにまばらに照らし出される彼の横顔は、鬱蒼とした重苦しさに沈んでいた。しかもそれを、取り繕おうとさえしていない。見たこともない麻祈だ。“もしかしたら、これが彼だ”。
「……っバ、ス」
「……ん?」
呆けていたところを突かれて、麻祈がうんともすんともつかない間延び声を上げる。
「―――……」
言葉を乗せる舌が、動機に叩かれて震えていた。噛んでしまうかもしれない。そうなれば、話していられないに違いない……違いないのだから、このまま有耶無耶にして、当たらず障らず、立ち竦んでいれば―――
「バス、来るまで、もうちょっとかかるみたいです」
「ですかもね」
話せる。
それを続ける。
「麻祈さん」
「はい」
「さっきの。車椅子の方」
「―――ええ」
錆びた露をこびりつかせた標柱から、彼が注意を転じてくる。
車のヘッドライトが行き過ぎた直後だったせいで、その表情は一層の暗黒に沈んでいた。落差で、声しか分からない。呼びかけるように、紫乃は彼に話し続けた。
「そうしに行くの、こわくないんですか?」
「こわい?」
麻祈は、首を傾げる。
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