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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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(そんなに夢中になるかなぁ……メニューだって、そんな特徴的なのは……)

 と、書いてある料理名を、つらつらと(日本語の題字だけ)読んで。

 読んだ以上は、気がかりを無視できず、紫乃は口を開いた。

「創作料理のお店なんですか? ここ」

「うん?」

「その。単品料理のとこ。これとこれを『あえたもの』とか『すましたもの』とかって書いてあるだけだから……ほらこのウインナーの欄も、わざわざ『腸詰め』って題字して、下の品名は日本語と英語で書いてあるし。あっちのバーは洋風ってカンジだったのに、わざとこんな風にメニューだけ和とも洋とも中華ともつかなくしてるのなら、そうなのかなって」

 と。

「基本料理の店、と言って戴きたいものですな。作り手としては」

「シノバさん」

 銀盆に料理を運んできたシノバが、テーブルの横で立ち止まった。細長い素焼きの皿の上にちょぼちょぼと数品が乗った突き出しを紫乃のランチョンマットに置いてから、呼びかけの返事とばかりウインクを投げてくる。びっくりした。

 渋く均整を取った面長の風貌からかけ離れた表情の豊かさで、茶目っ気たっぷりに笑みながら、シノバが麻祈の前にも皿を整える。

「基本に忠実であることは、結末を裏切らない。その磐石の安寧が、シノバ・ユイイチのモットーです」

「え? え?」

「おかもちを持った蕎麦屋なら自転車に乗った以上は転ばずにおれないでしょうってことです」

「ことなんですか!?」

「シノバさん。例え話が前衛的に置換されているせいで、坂田さんに通じてませんよ」

「てことは麻祈さんには通じてるんですか!?」

 刻々と動揺を高めている紫乃の方が唐変木ということか、麻祈はどこ吹く風とばかり落ち着き払っている。箸箱からナイフとフォークを出しながら、淡々と口を開いた。

「通じるもなにも。これは篠葉さんの、野暮な話で白けるのをはぐらかす常套手段です。こんなのも野暮な話ですけど、」

 ちらと麻祈に顧みられたシノバは、わざとらしく目だけで明後日の方角を見上げて、脱兎を決め込んでいた。期待していたわけではないようだが、それでも諦めたように眉を下げて、麻祈が己の言葉尻を受け取る。

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.麻祈は、開封した使い捨ておしぼりで、手指を拭いていたところだった。最後に手首までぐるりと清拭してから、それを適当に四つ折りにしている。

「注文、品書きも見ないで。マスターシュじゃなくても、ハズレはないですよ? 単品をいくつか頼んでもよかったし。バスで帰るのなら、食前酒がつくコースだって問題ないでしょう。まあ、あるかどうかは別問題ですが」

(い、今の注文、マスターシュってコース料理だったんだ……食前酒がないやつだったんだ。わたしは別にそれでいいけど……)

「坂田さん?」

「ええ。あの。はい」

 注文するつもりでなく、麻祈の語気から棘を抜くために、泡を食ってメニューを開く。

 ワインレッドの厚紙でなめされた表紙を開くと、日本語に外国語で読み仮名を振る形式で、料理名が書き連ねてあった。一品料理やコース料理、飲み物にデザートと、思った以上の数がラインナップされている。ただしどのページの料理名も三分の二ほどが、細い黒テープで横線を入れられていた……各ページの下に添えられている『時候や営業時間の関係による品切れには何卒ご容赦くださいますよう、お願い申し上げます』との一筆は、単なるクレーマーへのバリケードではないらしい。二筆目に、『特に日暮れ以降に御予約なくお越しくださったお客様につきましては、品書きの修正が追い付いていない場合もございますので、お手数ではありますが口頭にて店員に注文可能な品であるかをご確認ください』と書き足してあるページさえある。千客万来の大型店になろうという野心など微塵も感じられない。

 更には、それを証明するかのように、これから繁盛しそうな気配すら感じられない。自分たち以来、客足が途絶えているようだ―――少なくとも、今夜は。今のところ、ふたりきり。

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(い、今のどこが注文だったの? 映画みたいなやりとりしてただけじゃん。わけ分かんない……)

 とりあえず、分からなかったものは仕方がない。今となっては、メニュー表を開いている余裕も無い。咄嗟に、思いつきで口を衝く。

「麻祈さんと同じもので」

「承知しました。お飲み物は、いかがなさいますか?」

「このお水で。あの、また後で注文するかもですけど」

 次いでシノバは、麻祈に対して控える姿勢を固めた。

 そして数秒経ち、彼がため息をつく。観念したと言わんばかりに。

「……今年は芋の出来がいいんでしたっけ?」

「保障します」

「では、それをロックで」

「承知しました」

「楽しみです」

「応えましょう」

 そして、シノバは退室した。麻祈は、それを見ない。紫乃は見るも何もなく、目を白黒させているだけで精一杯だった。

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.ふっと麻祈が、顔を上げた。紫乃へではなく、部屋の出入り口へと。タペストリーを分けて、シノバが入室してくる。硝子製の水差しを片手に、もう片手にメニューらしき冊子を携えていた。どちらもひとつだけ。

(ひとつだけ? メニュー)

 シノバは当然といった風に、紫乃の目前のランチョンマットの上に冊子を置くのだが。
そして、伏せてあった二人分のガラスコップを手前に寄せて上向かせると、水差しから丁寧に水を注ぐ。水差しからは、細い笹の葉が飛び出ていた。氷の塊がそれにまとわりついて、硝子の器の内側でころころと笑っている。ふと、水の帯びた冷気の中に、レモンの匂いを嗅いだ気がした……見る限り、レモンの欠片は見当たらないが。

 ガラスコップをふたつとも両者の手元に揃えると、シノバはどことなくおどけた節回しで、麻祈へ一礼してみせた。

「さあ、どうぞ。御遠慮なさらず、お申し付けください」

 言われて、彼が横目をくれる。その双眸は、ガラスコップを半分まで満たした冷や水を見ていた時には無かった、面白がるような微笑を滲ませていた。

「ご用聞きが早くありませんか?」

「飢えたお客様を見捨てて置けない性分なもので。ペットも名付け親に逢いたがっておりますし」

「やれやれ。あなたのベイビーは、親によく似て、まったくの甲斐性者だ」

「わたしに言わせれば、名付け親によく似て、目立たぬ頑固者です」

「そこがいいくせして」

「おっしゃるとおり」

 そこで、シノバが礼を解いた。傾げていた上体を正すと、どこか好戦的なものを感じさせる目の色を誤魔化すように、伏し目がちに言ってくる。

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.麻祈が向かったのは、さっき麻祈が歩を進めたのとは逆方向、入口の引き戸から入って右側の壁である。気付かなかったが、そこに掛けられたタペストリーの切れ込みから左右に開くと、奥には一室が広がっていた。

 彼の後から、その部屋に入る。窓際に、ふたりがけのテーブル席がふたつ寄せられていて、シックなパーテーションで間仕切りがしてあった……必要に応じて取り払い、ふたつのテーブルをくっつけて、四人掛けの席にしたりすることもあるのだろう。明かりは、天井の蛍光灯よりも、テーブルの上に並べられたショットグラスの中の蝋燭の方が、存在感が大きい。皺もシミも無いランチョンマットが、夜闇にゆらめく火影を投影していた。ランチョンマットの横には、磨き上げられたガラスコップが伏せられており、使い捨てのおしぼりと箸箱らしきものが添えられていた。

「それじゃ、掛けましょうか」

 【Reserved】と書かれた折り紙が立てられていない方のテーブルを示して、麻祈が紫乃を促した。部屋のすみっこが落ち着く習性で、部屋の中央のパーテーションを背にした席でなく、壁を背後にした席を選ぶ。右手側が窓だ。カゴバッグを椅子の下にしまってから外を見ると、紫乃らが歩いてきた道路が見えた。ヘッドライトを伸ばした自家用車が、とろとろとそこを行く。見る間に、窓明かりを燈した家並みに吸い込まれて消えてしまった。

 その風景と入れ違うように、麻祈が視界の正面に現れる。彼は、紫乃の前の椅子に掛けると、テーブルの上で軽く指を組んだ。落ち着かなかったのか、それを腹の上に移して、ようやくひと息つく。人心地ついた拍子に伏せてしまった目蓋のふちで、睫毛でもなければ陰影でもない黒ずみが澱んでいた。疲れだ。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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