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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.にんまりと、麻祈は破顔する。

「こわい? こわいんだ」

 坂田は、まるでこわくない今まで通りですと言い張るように、またしてもミニキッチンに両手を突き直して、前髪が揺れる程度に首を横にふるふるさせてくるが。

 麻祈が見ていたのは、一向に逸らされたままの彼女の視線の突端だった。正面。何もない壁を真っ直ぐに見詰めている。そこではないどこかに潜んでいるものを無視するように、真っ直ぐに。

 それをへし折るのも悪くない―――坂田を台所から中座させるには悪くない恐喝だし、単純にまったりと嗜虐する愉悦の味も悪くない。麻祈は、意図的にせりふの音速と音程を落とした。

「半熟卵の親子丼とか、手を離せない時に限って、でっかいのが一匹やって来ましてねえ」

 と、坂田に料理シーンのイマジネーションを植え付けるため、ミニキッチンにひっかけてある菜箸を手に取る。それを、坂田は見てこない。ならばと、空想の具をつまむように、中空でカチカチと箸の先っぽを打ち鳴らす。

「料理中だと、噴霧タイプの殺虫剤も使えないでしょ。油断してると―――このへんとか、這い上がられた経験、あります?」

 言いながら、くるりとペン回しした菜箸の尻で、坂田の小指の付け根をちょんと突く。ミニキッチンに乗せられた手はぶれない。

「い、え」

 返事も健気だった。

 追い詰めてみるのもいいかとそそられるまでに。

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「料理慣れした奴こそ、料理するのに不向きなんですよ。うちの台所、ほんと独房って言うか、日本人向きの単身者用で。俺ですら、菜箸の先っちょとか手首とかが事故に遭う回数に耐えられず、こまめな自炊を挫折したんですから」

 麻祈を見上げていた坂田が、はたと瞳の色の攻撃的な色彩を鎮火させて、ミニキッチンまわりを視線で周回した。肩を並べるくらい間際なので、その動線から考えが読める。まな板を置くとIHコンロが使用不可能となり、IHコンロを使用中はシンクくらいしか空きスペースがない。そのシンクさえ、鍋ひとつ洗うので一杯一杯のしょぼいサイズである。生ゴミを溜める三角コーナーさえ常設できない。

(ま。狭さそのものは、蓋した洗濯機とか電子レンジの上に調理スペースを拡張すりゃいいんだけどな。一個しかないコンロは、加熱と余熱を使い分けて、鍋敷きとコンロをローテーションさせれば問題ない。まな板は、シンクに橋するみたく渡しちまえば、そのまま具材を切り分けていけるし)

 とまあ、幾らでもアドバイスは浮かんだ。

 だとしても、坂田の夕食への宣戦布告に不戦勝を“くれてやれる”チャンスこそ逃す手はない。麻祈は、逃げ道を逃げる建前を、坂田へ唆し続けた。

「もちろん俺だって、坂田さんのお母さんやお姉さんの褒め言葉を疑っちゃいませんよ。坂田さん、きっと料理上手なんだと思います。でも、それって自宅での話でしょう? こんなところじゃねぇ……陸(おか)に上がった河童って諺もありますし。というわけで、残念ですけど、」

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(ただでさえ疲れてんのに、変なもん食わされたかねーよ。出来上がるまで待ってたかねーよ。調味料の配置とかが変わると俺が今度使う時イラッとくるし、きったねえ後片付けされでもしたら後始末までしなきゃだし……)

 せりふに連れ立って、思い出す。

 高熱を出して寝込んだ麻祈のもとに、鼻息荒く押しかけてきた大学時代のサークル仲間がいた。彼女は、食事を用意してくれると言う。病人の世話も料理も慣れてるから、と言う。彼女の好意は純粋にありがたかったし、常ならば警鐘を鳴らしてくれる体力も気力もダウンしていたので、麻祈は言われるまま寝込んでいた。異音も異臭も気のせいだと言い聞かせていると、やがて叩き起こされた麻祈が食卓で目にしたのはスパゲッティーだった。
調理時間のみならず皿に浮いた油膜の具合からしてソースは安い市販品の流用だったし、そんな胃腸に負担をかける油脂分たっぷりの手抜き料理を平気で病人食にあてがう彼女は、どう差し引いて格付けしたところで看護者としても料理人としてもズブの素人だった。だが疑ってかかることすら億劫で、麻祈は促されるままそれを口にした。眩暈がした。麺はアルデンテというのもおこがましい硬度で、しかも部分的に焦げている―――乾麺を茹でた経験すらないと推測するのは容易かった。

 それらに言及すると女は逆上した。自分としては、料理の出来不出来は問題でなく、嘘をつく不誠実さについて伝えておきたかっただけなのだが―――

「勘弁してください」

 往生際を認めた麻祈は、渾身から恩赦を乞うた。若かりし頃ですら耐えられなかった局面に、すっぽんぽんのまま湯船で寝オチした挙句シモから漏らしたほど疲労困憊している今、太刀打ちできるとは思えない。実際に降参の念を示して、両手を肩口まで挙げる。

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「そんな、お門違いな。味覚と栄養学は抜本が異なる……俺にとっての優先順位もね。もちろん、両立しているに越したことはないとは思っていますよ。それで、それがどうかしました?」

 どうかしてしまったらしい。

 正面。素直に円くなっていただけの坂田の目玉が、黙考して、それを終えて、横長に伸びた。きりっと。意志を帯びて、決意を固めた目付きだと思えた。

(思い過ごしだ)

「麻祈さん」

 咄嗟に悪い予感から脱兎しかけたところに、釘を刺される。

 彼女の声は強かった。裏表なかったはずのものが、今は裏に隠すものを得て、表立って胸を張っている。つまりは、強くなった。

 逃げ出せたところで、逃げおおせれそうにない。やや引き腰で警戒しながら、返事をする。

「はい」

「わたしとの約束、忘れてましたよね?」

「ええあの、それは重々―――申し訳なく」

「でしたら、わたしも今日の予定を狂わせていいですか?」

「は?」

「わたしが今日の夕飯を作ります!」

 麻祈に向かって、言い切る坂田。

 そう―――瞳に闘志、眉に気力、怒らせた肩には漲るやる気。それはさながら、宣戦布告だ。ファンファーレが無いのが玉に傷と思えるくらい、サマになっている。非のうちどころが無い。今この時に、目の前で……今この時に? 目の前で?

(勘弁してくださーい)

 麻祈は絶望した。

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「……麻祈さんって、普段、なに食べてるんですか?」

「なにって。今、見たでしょう。野菜ですよ。あと、きのことか。勤務中はどうしても食事の内容も時間も偏りがちですし、職場のイベントに付き合う時期が来るとまず間違いなく太るので、普段の夕飯はその程度で抑えるようにしてます。肥えるとすぐガタが来るし」

「ガタ?」

「―――ええ」

 喋り過ぎていた。右足の付け根をさすりかけていたのに気付いて、そこを素通りしてズボンのポケットに親指を引っ掛ける。言い残していたせりふも、別の本音に挿げ替えた。

「三段腹の医者にメタボですって言われても、説得力ありませんでしょう?」

 坂田は、うんともすんとも言わず、じっとしている。やがて、意を決したように、こちらへと視線を上向かせてきた。

「あの。それ、おいしいですか?」

「…………」

 麻祈は束の間、黙り込んだ。当たり障りない相槌を用意し損なっていたのではない……もとよりアルコールに美感を覚える舌を持つ自分にとってすれば、酒さえ良ければ夕食など焼き海苔の切れ端でも済ませてしまえるところを、腐っても医者だからと体調管理を心掛け、業務の一環と割り切ってバランスよい摂食に努めているだけでも勲章ものだ―――なんて開き直りの解説を、より耳当たりのいい日本語に捏ね回していたのですらなかった。もっと陳腐な理由だった。些か、坂田が不愉快だった。佐藤をだぶらせてしまっていた。あの夜の、酔っ払いのクダもろとも。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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