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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.脳裏で自然に流れだしたG線上のアリアを聞きながら、呟いてしまう。

「グレーゾーンすぎる。白黒つかない」

「ぶえっ!?」

 背後からの異音に振り返ると、やはり坂田だ。麻祈のうしろに坂田という配置も、彼女が息を呑んでいるのも洗濯籠の時と同じだが、先程よりじゃっかん腰が引けている。目線さえ正直に、どことなく冷蔵庫の住人たちを正視していなかった。いや、正確に言うと、個々に見咎めてはいる。ハイボール缶、限定品の焼酎の小瓶、歯ブラシ―――楕円の悪魔からの隔離施設としてここ以外に最高な場所があるとでも?―――チーズや佃煮などの小物。ただし、動揺の元凶だけは、もう見ない。一回見ただけで充分だったのだろう。

 言ってくる。

「なんですかソレッ!?」

「なにって。切断したキュウリとニンジンをコップに立ててラップした状態ですよ。いわゆる野菜スティック」

「しけったフライドポテトか夏休み明けの学校の窓辺にある鉢植えレベルに総員お辞儀してますけどっ!?」

「していたとしても、野菜スティックです」

 断言して、麻祈は保冷庫を閉じた。立ち上がる。

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「実は、覚えていないんです。多忙すぎて。だから多分、今日の昼下がりくらいに、電話に出たかなにかしたんだと思うんですけど……何時ごろに、どういった件で、お話ししましたっけ?」

 目をぱちくりさせる坂田にばつが悪く、麻祈はつむじまわりを掻きながら首を竦めた。坂田の双眸には麻祈への非難も同情もなく、どちらかといえば、これからそのどちらかを選択すべきなのかなぁと推し量るような陰りをみせている。実際そうなのか、坂田はこちらの質問を品定めするかのように、小出しに答えてきた。

「そうです、昼下がりに、電話で。麻祈さん、いつくらいなら、ご在宅でしょうかって、わたしが尋ねました。そしたら、今日は暗くなる前に部屋にいますって言われて。それで、それならわたし、バスを使って夕方にお伺いします、帰りもバスを使いますのでお気遣いなくって。これを返す約束で」

「はあ。あ。頂戴します」

「それとあと、―――ごはんとか、一緒にどうでしょう? って。約束したんですけど」

「ごはん?」

 坂田が肩掛け鞄から取り出して、手渡してきた紙袋の中―――ああこないだのサンダルだ、しかもご丁寧に洗ってあるなこりゃ―――を覗いていた麻祈は、そこにきて顔を上げた。きょとんと、両目を瞬かせる。坂田との約束を思い出したわけではない……それ以外のリアルを覚えていたせいで、今ばかりは眠気さえ褪めた気がする。

「ごはん。それ、夕食(Dinner)って意味ですよね? この場合。主食(Rice)でなく」

「は―――い、そうです」

「……明日まで保つかな……」

 懸念の眼差しを部屋隅の冷蔵庫に送りつつ、ひとりごちる。

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「あ。あー、ああ、ええと」

 意識して、咳払いする。

 麻祈は屈んだままくるりと踵で半回転して、坂田に向き直った。靴下を握った掌から一本指を立てて、足元にある洗濯物まみれの洗濯籠(代名詞)を指差す。

「洗濯籠です。これ」

「いえダンボール箱ですそれ二リットルペットボトル箱買い用ダンボール箱」

「素材と形状はそうだとしても。ビニール袋を張って使えば不潔でもないし、壊れたらいつだってスーパーマーケットに行って新しいものと交換出来ますし、取っ手の穴が開いてる奴は丈夫で軽くて使い勝手がいいんです。だったら、これでいいんです。洗濯籠は」

 坂田の低音の懐疑を、更なる低音かつ長文の早口で追いやる。

 もとより本気で討論に掛ける議題でなかったのは相手も承知だったらしく、坂田が目を白黒させながらも納得の色を見せた。

「そ、ですね。そう言われたら。そうかも」

 と、合いの手も従順である。麻祈は心の底で笑顔をキメた。

(よし。いける。まだいける。いけるですわたし。じゃなくて俺)

 日本語で日本人を懐柔できた。ちょうど会話にワンクッション置けた形にもなったし、もう本題に入ってもよかろう。

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.よく聞こえなかったようだ。きちんと言う。

「せんたくかご(Laundry basket)」

「せん(Laun)―――?」

「そう(Yeah)」

 会話が途切れた。

 とりあえず、答えるものには答え終えたので、体勢を戻して発掘を再開する。

 そして、靴下の相棒が見つかった頃。さすがに沈黙が続いていることに違和感を感じて、麻祈は屈身したまま、肩越しにもう一度坂田を返り見た。彼女はなにやら当惑した面持ちで、こちらと洗濯物に視線を行き来させているが。

 つられて、姿勢を戻した麻祈も、手元を見やる。いつも通りの洗濯物だ。洗いざらしで、乾いてはこの箱に取り込まれて、割と余裕がある時は畳まれる。余裕がない時は箱にすら入らずサンルームに干されっぱなしであり、割と余裕がない日だと、取り込まれはするがそれだけだ。つまりは、昨日の今日で、洗濯籠に山となった今の状態だ。

 疑問など差し挟む余地もないのに、坂田の様子はそれへの反駁を仄めかす。だけ。

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.そうしてエアコンの涼気に全身を突っ込んだ効果か、洗面台に上半身の服一式を置いてきたことをはっと思い出したが、このままで取りに戻ると坂田から倍加した怒鳴り声をぶっかけられそうだ。幸いにして、服は予備があるのだから、そちらを着るべきだろう。フローリングに放置された洗濯籠―――という代名詞の手持ち穴開き段ボール箱―――には、サンルームから取り込んで以来ほったらかしにされた衣類がてんこもりだ。そこに向けて、しゃがみ込む。

(ええと。どれだ。上の服)

 色合いから肌着だと思しきものを箱から引きずり出すと、つられてスウェットシャツと右足の靴下がこぼれた。とりあえずフェイスタオルを適当に放り出して、上着一式に袖を通してから、左足の分の靴下を発掘しにかかる。

 と。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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