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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「俺が知ってるお母さんは、文通相手として、だからなぁ」

「そうなのか?」

「ああ。親は、俺にとっては、爺ちゃん婆ちゃんだからさ。お母さんは、うちに里帰りしたらしたで、なんだか近寄りづらかったし」

「そうだったのか?」

「そうだよ。爺ちゃんも婆ちゃんも空気変わるし、お前はこっちに来た当初は赤ちゃん返りしてたし。はゆぅは……はゆぅだったし」

「まあ、最後のは疑いないところではあります」

 とても似通った目で虚空を見上げて、納得ずくの声音で同調する。

 それから麻祈は、あまり納得できない部分へと言及した。

「てか。え? 赤ちゃん返りしてました? わたし」

「『わたし』よりも『俺』」

「……こっちも全部I(アイ)ならいいのに……」

「してたと思うけどな。あれは多分。赤ちゃん返り。……覚えてないのか?」

「残念ながら」

「マジかよ。お母さんにあんなにベッタリだったくせして?」

「わた―――俺が、一番覚えてる母親のイメージは、痩せこけた病人像……かな。おそらく、あのインパクトに圧倒されて、他の思い出がノックアウトされちゃってるんじゃないか? 一緒に暮らした時もあったはずなのに、どんな会話したとか、ちっとも覚えてない」

「歌は?」

「うた?」

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「そいつは悪うござんしたね。そっちこそ、英語書かせたらカクカクでしょうよ。ここまで漢字が読み書きできるようになっただけでも凄いと思ってほしいものだ。あのモノトーンイラスト、コツ掴むまでほんとややこしい。利益の『益』なんて、くしゃって笑って歯グキむいた顔じゃんよ」

「いや。その覚え方だと、かなり相当な益があったんですねってカンジが印象づいて、むしろ分かりやすいんじゃね? 漢字だけに」

「それに、ふたつ繋がると、真正直に読んじゃ駄目だしさ。蜜柑(みかん)ってなんでミツカンじゃないの? 茶道(さどう)ってなんでチャドウじゃないの?」

「さあ。疑問に思ったこともない。産まれる前からそうだっただけで」

「なんでナガタニさんとナガヤさんとハセさんは良くて、チョウヤさんとチョウタニさんは駄目なの!? どーせお前らみんな長い谷に住んでたんだろ! 先祖!」

「急にグーで卓袱台叩いてキレることか? それ」

「ロゥはいいよな生粋ジャップで。余裕で日本が暮らしやすくて!」

「あのなぁ。なら俺も生粋ジャップとして納得しがたいこと訊くけど。お前が前に言ってた、欧州ではメジャーなフライドポテトのハンバーガー。あの炭水化物の重ね食べの大人気は、百歩譲って、日本の焼きそばパンのそれと同じ系統だと見ていいか?」

「疑問に思ったこともないね。それだって、こちとら、産まれる前からの大人気だ」

「焼きそばパンは食いたいけど、フライドポテトのハンバーガーは売ってたところで買わないなぁ。不味そうだし」

「Chip Buttyは食感で食べなきゃ。味わうのは的外れだよ」

「おいおい。いくらなんでも。舌置いてきぼり?」

「だと思うね。前にあっちの友達にタコヤキあげたら、ディップどころかソースの海の小舟にされちゃったし。食べた感想も、クランチの楽しさ一点張り」

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.   大人しく座布団に体育座りして愁眉を寄せる次男坊に、桜獅郎は兄らしい物分かりのよさを宿した眼差しをくれてきた。

「いつになったら性根が帰化するんだろうなぁ、お前は。口調もそうだけど、会話相手に調子を合わせ過ぎるその癖も、そろそろどうにか矯正できんものか……」

「これで得することも、無いわけじゃないけどね。意図的じゃなく似たニュアンスの鸚鵡返しが出来るってことだから、知らず知らず相手に好ましい態度になってて、あっちで勝手に好感度を高めてもらえてたり」

「あほか。そつなく八方美人をこなせるだけのことを、みだりに私生活で乱用するな。勘違いさせて振り回したら厄介だろうが。いっそのこと、ちょっとした丁寧語で貫徹しとけ」

「しといてみた結果、ホストだエロホストだと言われまくって厄介度が水増しされたあの頃……」

「ん? 遠い眼して、なんか言ったか?」

「いいえ。まったく」

 ぶんぶか頭を振って、黒歴史ごと話の矛先を振り払う。桜獅郎は、特に追求してこようともしなかった。彼は弟が日本らしくないことについて寛容だ。気長なのか諦めているのか、それでいて見放さずにいてくれるので、自分としては気楽でいられる。

 麻祈は、ぼんやりと呼びかけた。

「あのさあ」

「うん?」

「ロゥは覚えてる? お母さんのこと」

 彼の沈黙に怪訝なものが混じる前に、断っておく。

「いや、あんまりにも蜜穂(みつほ)って言われるから。そんなに似てるかな?」

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.   ようよう立ちあがって、使っている茶の間―――和製メイドたる奉公人がいない現在、この屋敷には使っていないナントカの間が山ほどある―――まで退避してから、体中についた埃やごみをつまんで屑籠へ捨てる。筆で薄墨を刷いたように、全身くまなく汚れてしまったようだ。それにしてもちくちくすると思って頬に触れると、ぼろぼろの畳の屑までついている……ダニの塊だったところで不思議なものかと思う。広大な間取り過ぎて、居住区を保全しておくだけで精一杯なのだろう。あまり突っ込んで訊いたこともないが。

 と。

「今の頃合いなら大丈夫かとも思ったんだけどな」

 言いながら、いつしか茶の間に入ってきていた兄―――桜獅郎(おうしろう)が、突っ立っている麻祈を抜かして、卓袱台横の座布団に座る。胡坐を崩してため息をつくと、から笑いした。

「あれでいて、はっきりしてる時も多いんだ」

「だろうね」

 麻祈のそれは尻馬に乗った相槌ではなく経験則に根ざした知識だったのだが、兄には前者と捉えられたらしい。肩を落として、無言で隣席の座布団を勧めてくる。ついでにとばかり、会話も進めた。

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.   老人が喋る。きつく訛った独断は耳では解せずとも、麻祈は頭では内容を理解していた。

 ―――戻ったか、ミツホ。

「はい」

 逆らわず、受け入れる。

 ―――待ちわびたぞ、この親不幸者が。

「申し訳ありません」

 従順に、頷く。

 ―――傍にいることを許してやるから、これからは誠心誠意、尽くしなさい。いいね?

「分かってるよ」

「誰だ貴様は」

 それと同時だった。老人の手が、麻祈の喉を―――襟首でなく、完全に喉を締め上げてきたのは。

 咄嗟のことで防御も儘ならなかった。息が出来ない苦しさよりも、まだ意識があることから頸動脈までは圧迫されていないようだと職業病らしい考察をしていることと、さすが人体で最も衰えるのが遅い筋肉だけあって握力は健在だと……やはり病んだ身の上である己を再確認して、そのおかしさに笑いかけた。そして、今でこれなら、過去の祖父と戦い抜いた妹は紛うことなき剛の者であると痛感し、それでも助けてやることはこれについてあの時あったかなと思い付いた。

 兄に突き飛ばされてすっ転んだせいで、その全部を麻祈は忘れた。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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