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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「ど、どうして外に出たんですかっ!?」

「どうしてって。日本の呼び鈴が鳴ったもので」

「そんな格好でっ!?」

「まあそれは、日本の呼び鈴でしたから」

「なに言ってるんですかっ!?」

「そちらこそ」

 こちらとしては真っ当に答えているつもりなのに、坂田は声色からして、毛ほども発奮を収めてくれる気配がない……となると、恐らく、また自分は食い違ったことを喋ってしまっているのだろう。日本語で返答するよりも、半裸の上背にばら撒かれた傷跡をミリ平方単位でも広く隠すべく首のタオルと格闘していたせいもあるだろうが、大体は昔からこうなのだ。大学で合コンした時も、男仲間の「あの女の子センスある服してるよな」というコメントに「ナイスジョーク」と大ウケして総スカンを食らった。しかし、あれは不可抗力だ。真冬だというのに真夏のような露出度の薄着を選択した女性を“分別(sense)ある服してる”と評するなど、皮肉を利かせた冷やかし以外の何物でもないではないか―――

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.襟足を伝う水が痒い。水は汗かも分からない。バスタオルを洗濯機に投げ込んで、洗面化粧台から取り上げたフェイスタオルをうなじから前にひっかける。スリッパをつっかけた素足を玄関までずるぺたと進めると、それを運動靴に交換して、鍵を開けた玄関扉を押しのけた。

 のだが。十センチ開いても、二十センチ開いても、誰もいない。ついに半歩ほど外に出る。

「あア(Ah?)? ンだよ(Jesus,)。いねぇし。外(Nobody's outside)―――」

「にゃああああぁぁ!?」

 舌打ち混じりの毒つきが、裏返った悲鳴に叩き潰された。

 矢先、そのドアの向こうから、人影が跳びついてくる。日本で急襲を受けた不幸にまずぎょっとして、そうしてくる人物の正体に、重ね重ねぎょっとした。

「うわ(Wow,)、 さかた―――」

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(日本の夏やだ……)

 ぬるぐさい。むわっと温くて、むわっと臭い。服の一枚だって着たくないどころか、脱皮したくなる不快感だ。ワンルームにエアコンをつけっぱなしにしてドアを開けておけば済む話だが、害虫の悪夢に見舞われてからは、恐怖が勝って実行できない。害虫―――

「……失せろ(Bugger off)―――」

 靄掛かる脳ですら看過できず、悪夢の権化を低音で怨嗟しながら、そっと視線を巡らす。洗面化粧台、トイレのドア、廊下。楕円の悪魔はどこにもいないが、洗面化粧台の影やドア一枚向こうにいたところでおかしくない。その危惧に思考が触れた途端、着衣にぐずついていたいという欲は失せた。あちこち引っ掻けながら、ようやく下着とジャージーのズボンを穿く。

 その時だった。インターホンが鳴ったのは。

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(いーや……汁に血も混じって無かったみたいだし。もう流して、風呂だけ片づけて寝ちまお……)

 懸下(けんか)しつつある股間から一刻も早く余熱が抜けてくれるよう祈りながら、麻祈は夢現のまま、ふらふらと素っ裸で風呂の掃除をした。といっても、水たまりや浴槽の湯垢の線を拭く程度だ。洗剤やらスポンジやらを取り出して本格的に取りかかるつもりはない。て言うか、出来ない。正真正銘、力尽きかけていた。

(んっとに、勤務医の当直は過労死モノだよなぁ。3K―――汚い・キツい・首吊る、だっけ?―――とか言われてた看護師だって、今じゃ夜勤のあとは休みもらえてんのにさあ。それってやっぱ声を上げただけ拾ってくれるくらい、日本のマス・コミュニケーションが整ってっからかなぁ……て、整いすぎて閉じちゃってるから、ほんとテレビドラマだけは見れたもんじゃないけど。ドラマってジャンルに真面目過ぎんだよ。だから良くも悪くも医者が医者っぽすぎて見てらんねえんだよ。こないだの映画だってそうだよ。なんで感染症の本棚にメニエール病の本が鎮座してんだよ……)

 それっぽい名前だからというだけで選出されたのだろうが、内容を知っていると頓珍漢さに視聴意欲も萎える。職業病とは恐ろしい。

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.総合病院の当直勤務が嫌で開業する医師も多いと聞くが。

 麻祈は、当直勤務がさほど嫌いではなかった。復習がてら、とでも言うと誤解されるかもしれないが、専門を選んでしまうと専門外の知識がたちどころに風化してしまうのは誰とて同じで、ならば脳に活を入れる機会は生かしておくに越したことは無い……そして勤務医にとって、当直勤務こそその機会だと思うだけだ。単に、個人病院経営者としてレセプトを勘定しつつ損益に一喜一憂するよりか、四苦八苦しながらも本業に精進していた方が、性根に向いている気がするだけかもしれないが。

 かもしれないが、三十四時間なんやかやで一睡することも許されず、ようやく帰ってこれた自宅にて湯船に浸かった途端に意識を失い、目を覚ましたら夢精していたとなると、勤務医をやっていくのに嫌気も差す。

(……疲れすぎだろ……俺)

 頭を抱えたくなったが、さすがに理性が勝って―――薄まっているとはいえ己の体液を口にするほど貧しても鈍してもいない―――風呂桶の栓を抜く。湯水が抜け切るのを待たず、麻祈は風呂桶の中で立ち上がった。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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