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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「麻祈さん」

 呼びかけると、麻祈は分かりやすく警戒した。やや仰け反るようにして、

「はい」

「わたしとの約束、忘れてましたよね?」

「ええあの、それは重々―――申し訳なく」

「でしたら、わたしも今日の予定を狂わせていいですか?」

「は?」

「わたしが今日の夕飯を作ります!」

 またしても、彼のあの一拍。その予感がした。

 無視して紫乃は顔を逸らした。そのまま、廊下にある台所へとつま先を向ける。

(売り言葉に買い言葉みたくなっちゃったけど、やってやる……やってやる!)

 料理はほぼ毎週しているし、評価も概ね好評だ。前に、調理酢の代用品としてラッキョウ酢を流し込んで作った鶏肉の甘酢煮は姉から不味いと言われたが、牛乳の代用品としてヨーグルトをブチ込んだ先週のグラタンより三万倍マシだと家族総員(作り手である姉も含む)の意見が一致した。だからきっと、今回だって上手くいく。二人分の食事くらい賄える。調味料の残量を確認して、食材の状態と照らし合わせてから、メニューを考える。と言っても、あの冷蔵庫の中に期待は出来そうもないから、買出しに行くことにはなるのだろうが、その場合は恐らく自動車を足として麻祈が出してくれる―――くれるとしたら……

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「気にしないで下さい。食べよう食べようと思って今まで放っておいたんですから、まだしばらく放っておいたところで大差ないです。よし、そうと決まったら、夕食はどうしましょうか? 食べたいものとかありますか? あ。それとも、もう行く先も約束してましたっけ? 俺」

 こちらに向き直って、背後の元凶をシャットダウンしようという腹の底が露骨に分かる作り笑顔を浮かべた麻祈に、なにやら踏み込んでいけないものを感じはするのだが。

 痩せている体つきや日焼けしていない肌を見るにつれて、ますます疑惑は深まってしまう。カゴバッグを抱いたまま、紫乃はじゃっかん及び腰で問いかけた。

「……麻祈さんって、普段、なに食べてるんですか?」

「なにって。今、見たでしょう。野菜ですよ。あと、きのことか」

 と、これまた涼しげに供述してくる。麻祈は、きょろりと目玉を動かして冷蔵庫を示すと、

「勤務中はどうしても食事の内容も時間も偏りがちですし、職場のイベントに付き合う時期が来るとまず間違いなく太るので、普段の夕飯はその程度で抑えるようにしてます。肥えるとすぐガタが来るし」

「ガタ?」

「―――ええ。三段腹の医者にメタボですって言われても、説得力ありませんでしょう?」

「あの。それ、おいしいですか?」

 一拍。

 麻祈が、物分りがいい顔をしてみせた。ぴんとくる。

(今、そろばん弾いた)

 幾つかの何かを瞬時に打算して、賭けをせず赤字を出さない選択をした。

 言ってくる。

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.目をぱちくりさせて、そうして一度は見開いた双眸を、今度は前以上に細める。怪訝そうに、訊き返してきた。

「ごはん?」

 途端に、怒涛のように押し寄せてきた後悔と恐慌に頭が白んで、なんの言葉も出ない。

 きっと嘘だと見抜かれた。だから次の瞬間から、心の底から軽蔑される。それを少しでも軽減させるには、どうしたら―――

「ごはん。それ、ディナーって意味ですよね? この場合。ライスでなく」

「は―――い、そうです」

 呑んでいた固唾は、吐き出してしまうと体のいい相槌に収まった。

 その安堵感に虫唾が走る。逃げ切れたのだと確信できた途端に後悔し出した卑しさに、思わず俯いてしまう。

 麻祈は、紫乃のそれを見るでもなかった。視線を横流しして、ぽつりと呻く。

「……明日まで保つかな……」

 そして彼は、サンダルの入った紙袋を床に置くと、ずっと握っていた靴下をのそのそと履いた。そうしてぐずっていることに自分でも嫌気が差したようで、嘆息で区切りをつけると、すぐに動き出した……冷蔵庫へと、歩み寄る。

 紫乃は、そっとその背中についていった。彼の注意を引かせたものに興味がわいたのだ。無視されていると感じたのではなく。

 麻祈は、なんの準備か両手をこすり合わせてから、しゃがみ込んで保冷庫を開けた。中を見て、やはりひとりごちる。

「グレーゾーンすぎる。白黒つかない」

「ぶえっ!?」

 麻祈越しに紫乃も保冷庫の中を覗き見て、見てしまったからには噴き出すしかなかった。

 缶飲料はどうでもいいし、チーズや調味料のようなパッケージも別にいい。見覚えのある米焼酎の蒼い瓶は格別にいい。歯ブラシが棚に寝てるのはなんでなのか、尋ねる気はとりあえず無い。歯ブラシは歯ブラシだ。見れば分かる。見ても分からないし、もう見たくないものは―――

 それを曖昧に指差して(見たくないので目を逸らしていた)、紫乃は悲鳴を上げた。

「なんですかソレッ!?」

「なにって」

 振り向いてきていた麻祈が、紫乃と真逆に沈静した様子で告げる。

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(そんなに暑いんなら半袖着たらいいのに)

 うらみがましく、麻祈のトレーナーの長袖を見やる。ついでに彼は、ジャージのズボンの丈も長い。コーディネートのちぐはぐさどころか、毛玉の付き加減からしてどちらも百パーセント部屋着であり、だからこそ彼の適温であろうエアコン温度は屋外の初秋を思わせる低温設定だ。室温の寒さよりも、まるっきり夏仕様で頭のてっぺんからつま先まで設えてきた紫乃こそここに相応しくないと言外に指摘されたように感じてしまことの方が堪える。

(きっと、衣替えし損なってるうちに今になっちゃったってだけなんだろうけどさ。こないだだって、電灯切れたままにしてたし。もしかしたら、今もそうだから、部屋の電気つけてないのかも分からないし)

 と、下向きの自意識過剰を内心で補正していると。

「ところで、ええと。すいません。俺、坂田さんと、この時間帯になにか約束していたんでしょうか?」

「は?」

「実は、覚えていないんです。多忙すぎて」

 呟いてくる麻祈に、言葉を失う。

 手前で麻祈は、後ろ頭など片手で掻きながら、実に決まり悪げにしょげているだけだ。

「だから多分、今日の昼下がりくらいに、電話に出たかなにかしたんだと思うんですけど……何時ごろに、どういった件で、お話しましたっけ?」

 ぽかんと目を見開いて、紫乃はそのことについて考えていた。

(おぼえてない?)

 おぼえていない。すっこ抜けている、と麻祈は言う。

 信じられない。一言一句のみならず、電話を終えてからベッドの上で数え上げた感慨や満足や物足りなさまで残らず知覚している紫乃には、信じられないことだった。彼がそれを覚えていないという事態は。

 そして、覚えていないという彼に、ショックを受けるよりもチャンスを直感してしまっている自分が信じられなかった。

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.戸惑いを喉に痞(つか)えさせたまま紫乃が棒立ちしていると、またもや麻祈が肩越しに横目をくれてきた。その瞳に燻っていたのは、まず間違いなく紫乃のそれと同じような情念だったのだろうが、彼は何度となく目線をあちこちに振ると、

「あ」

 と呟くだけで、あっさりと陰りを脱ぎ捨てた。

 しゃがんだまま器用に踵を軸足にしてこちらに回転すると、靴下を握っていたげんこつから、人差し指を立てる。

「あー、ああ、ええと」

 そして咳払い混じりに呻くと、立てた人差し指の先を“バスケ”に向けた。

「洗濯籠です。これ」

 言われて。

 納得できるポイントは確かに見つかった。布製の触手は、はみ出た洗濯物だ。干して乾いて取り込んだ諸々を、一時的に溜め込んでおく容器―――ランドリー・バスケットなのだ、あの段ボール箱は。英語らしく発音された英語だったから、日本語らしく聞き取ろうとして食い違ったのだ。段ボール箱について。

「いえダンボール箱ですそれ二リットルペットボトル箱買い用ダンボール箱」

 どうしても譲れなくなり、そう口を衝く。のだが、

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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