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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.手首をうねらせてカップの中の熱湯をぐるぐる回してみるものの、見るだに悪あがきは望み薄である。諦めて、ワンルームに戻る。

 敏感に顔を上向かせてくる坂田に、麻祈はコーヒーカップを軽く持ち上げて示した。いつものように、コースター代わりに、テーブルのノート型パソコン(Laptop)横にあるメモ帳の上に置く。

「熱いので気をつけて下さいね」

 恐縮する坂田から離れ、麻祈はベッドに腰を下ろした。この部屋には、坂田に譲った一脚しか椅子がない。急な負荷を受けたベッドの金属パイプたちは鈍い軋轢音をうならせて、いつもながらのシュプレヒコールだ。ふと、自分も雨に降られたことを思い出すが、もう気にならないくらい乾いている。座ってしまった今となっては改めて立つ気も起こらず、そのまま尻を落ち着けた。

 と。

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.麻祈は手を洗って、ミニキッチンの水切り棚からコーヒーカップを取り上げた。ワンルームに戻り、タオルを座布団にちょこんと椅子に座した坂田からの視線を背後から感じつつ、冷蔵庫に手をかける―――下段の保冷庫ではなく、上段の冷凍庫の方だ。開封と共に増えていく雑菌が気になるし、いざとなれば自販機もコンビニも徒歩圏内なので、麻祈は自炊日以外に飲料水の備蓄をしていない。自分でコーヒーを煎れる時でさえ、蒸留酒をロックにする用の氷を溶かして使っている。なので今日も、そうするしかない。

(あ)

 コーヒーで思い出した。

 冷凍庫には、袋入りの氷や自炊品のタッパー以外にも、湿気るの予防に封を切ったつまみや、いざという時に氷嚢にするレトルトパウチのカレーが並べてある。それを倒さないよう氷をコーヒーカップに取って、麻祈は冷凍庫を閉めた。拍子にからんと雪崩れた氷の音を手元から聞きながら、テーブル向こうの坂田に振り返る。

「あの。ごめんなさい」

「ほえ!?」

「うち、コーヒーしかないんでした。こんなお時間にお出しするのも気が引けるので、白湯でもよろしいでしょうか?」

「はい! はい、もう、ほんとお構いなく! はい!」

 勢いよく背筋を伸ばしてカクカク頷いてくる坂田に、愛想笑いするしかない。

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.いつもそうだが、麻祈の部屋は味気ない―――余計な私物を増やさないよう、自活するのに必要とされる最小公約数の条件を満たした物件を求める癖は、今時分は役に立ってくれている。まあ、単身者らしく、自堕落でもあった。サンルームへと繋がった、フローリング張りの八畳ワンルーム……壁沿いに置いている冷蔵庫も四段ボックスもベッドも、部屋の中央にある個人掛けのテーブルセットも、模様替えされた例(ためし)さえ無い。冷蔵庫の上には射的の的のように各種空き缶が並んでおり、シングルベッドの枕元では読みかけの愛読書が腹這いに開かれたままとくる。椅子が押し込められた円テーブルの下では、一升瓶とウイスキーボトルが卓の支柱に厳重包囲を展開すること四六時中。四段ボックスは下三段が本棚なのだが、最上段から洗濯済の衣類がべろんと垂れているせいで、どこになんの本を置いたのか見えやしない状態だ。ベッドのヘッドボードに引っかけてあるはずの部屋着兼寝巻きが見あたらないのに気付いて、今日はサンルームの洗濯籠(これも段ボール製のまま)にそうなっていることを思い出す……少しばかり寝坊したため、ハンガーから取り込んだその場で衣装替えしたので、そうなったわけだが。

 窓ごしに差し込んできていた街灯だけで、ここまで判明する体たらくだ。麻祈は、ふたつある照明スイッチから、小サイズを選択して点灯した。坂田への嘘八百も忘れない。

「すみません。いつも帰って寝るだけなので、メインの電灯が切れたままほったらかしなんです。これで我慢してください」

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「どうぞ。このタオルで、丁寧に拭いて下さい。何枚使っても構いません。使い終わったものは、この洗濯機へ」

 と、下駄箱の隣にある洗濯機の上蓋を開けて、ドラムを掌で示す。もう中には何枚か入っているから、気兼ねせず続投できるだろう。気兼ねされても、目のやり場に困る。夕闇の中では分からなかったが、室内の蛍光灯に照らされ、濡れて張り付いたブラウスから下が透けていた。着痩せするタイプだったのか―――

(じゃねえっつの。こら)

 乳房へと吸いついていきたがる視線を、電子レンジの横の小箱へと引き剥がして、麻祈はそこにからスーパー袋をひとつつまみ上げた。三角折りにして溜めてあるやつだ。畳んであるそれを広げて、あらかた拭き終わった風体の坂田に手渡す。

「ひと段落したら、靴下を脱いで、この袋に入れてください。あとそれ、俺のスリッパですけど、よろしければ使ってもらって。素足でフローリングというのも冷やっこいでしょうから」

「は、履いて、部屋の中まで入っていいんですか?」

「……じゃなかったら、なんのためのスリッパ?」

 芸人のツッコミ道具として相方の頭をはたくか、芸人のボケ道具として履いてバナナの皮を踏むか。そのくらいしか思いつかない―――しかもなんだか色々なギャグがツギハギされている気がする―――が、生憎と麻祈と坂田はコンビ未結成である。ぎくしゃくと全身の空拭きを繰り返す坂田を、訝しむしかない。

 と、そこにきて、それ以前の疑惑である可能性を思いついた。それに納得してしまえる以上、麻祈としては、釈明するしかない。

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.ふと、虚空へ目を漂わせた。呟いてくる。

「セッケンのにおい……」

「ああ。先日、そこの洗面台に新品を出したからでしょうね」

 応えると、坂田はさっと俯いた。我知らずの独り言だったらしい。

 応答してしまったこちらも気まずく苦笑せざるを得ないが、その視線の方向は、正直ありがたい―――断っておくが侵犯性が高いものがそこらへんに放り出してあるわけでは決してないし、まずもって隠し持ってさえいないが、それでもだ―――麻祈は、彼女にしばらくそのままでいるよう伝えて、ワンルームに続く奥のドアを開けた。なんの変哲もない私室から、洗濯済みタオルをあらかた抱え出す。玄関のたたきでは、うなじの角度までそのままに、坂田がじっとしていた。

(え。俺、そんなに強く言ったっけ?)

 前科が頭をよぎる―――最後のそれは、「幼稚園児の砂場か」とひとりごちた瞬間に学級崩壊していた講義が凍てついた大学時代の記憶だった。あの修羅場から、とにかく喋り方もボリュームも弱めを心がけてきたつもりなのだが。

 ばつが悪い思いで、麻祈は坂田に近づいた。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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