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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.   段の家にある板張りの廊下のことを『鏡通り』と呼んでいた子どもの頃を、思い出す。

 木綿袋に入れた米糠で丹精込めて磨き抜かれた古木は、顔が映るほど澄んで艶やかだった。昔は日本の首脳陣だか報道陣だかも歩いたと言う由緒ある品らしかったが、あの頃には羽歩が顔面から突っ伏して鼻の頭のあぶらをつけて遊ぶという退屈極まるレジャー場として活用されるのが専らで、麻祈としては子どもながらに複雑だったのを覚えている。由緒ある品なら、その由緒こそ守らないと単なる中古品なんじゃないの? と。

 あの居心地の悪さは、今日は薄い。廊下を走る者は今はおらず、それを叱責した偉丈夫も今はいない……そして、それ以上に、現在の麻祈の五感に馴染む要素がある。空気だ。悪臭ではない。ただ、病んで死にゆく人の気配が臭う。冷え切った室温のせいで、院内のそれほどには気にならないが。鼻につくと言うなら、古びた生活臭の方が実害がある。

 襖を開けると、畳敷きの部屋で祖父が布団に寝ていた。

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「…………―――」

 かけ直す気もないけれど。

 蛍光灯の照度はいつだって同じで、見上げても現実感に欠ける。ふとベッドの枕元にある時計を見ると、思ったほど夜更かしにはなっていなかった。感情の浮き沈みが濃厚だったせいで、体感時間まで膨らませてしまっていたらしい。

 そんなことに気付ける程度には、余裕が戻っていたせいか。なんの気なく、呟く。

「無敵の家元ってなんだろ? 家元って、華道とかの? その無敵? あれって勝敗試合あるの?」

 指折り数えてみる。素行の悪さ以外で高校時代に突出していた者と言えば、高校総体(インターハイ)かそれに並ぶ大会で目覚ましい活躍を見せた数人だ。文武両道の剣道部の永田、サッカー部のエースで美形の矢十(やと)、卓球部では双子だった蓮間きょうだい……誰にせよ、イエモトではない。字数すら合わない。

(大学時代の誰かかな。大きなイイ大学なら、華道サバイバルとか日本舞踊トーナメントとか、いろんな試みしてるのかもしれないし)

 曖昧に納得を引き出して、紫乃は欠伸した。夜らしい眠気が頭を擡(もた)げていた。眠れる気はしないのに、身体のだるさは休眠を求めている。目蓋の腫れぼったさも、さっきまでは別種のものだったはずなのに。

 息をついて、紫乃は腰掛けていたベッドに横倒しになった。側頭を受け止めた枕から、ぽふ、と音と埃が舞う。

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「こー言っちゃなんだけど、それって副産物なだけでない? あいつはキングなだけで、キングらしく助けとかなきゃーって手を届かせた範囲に、紫乃がいたのは偶然だよ。きっと、紫乃が特別だから手を差し出したんじゃない」

「ないにしても。大丈夫」

「大丈夫って。おぬし」

「大丈夫。今度は、わたしから手を差し出すから」

 葦呼が、説教を呑んだ。

 その隙に、言い終えてしまうことにする。言う前からとっくに始まっていたことなのに、まるで見せつけるようにするなんて、気恥ずかしいことこの上ないのだが。

(野暮って、こういうことかな)

 紫乃は、口を開き続けた。

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「そだね。似た者同士だ」

 怒鳴りつけられられたことに反発くらいしても良さそうなものだが、葦呼は声の調子すら跳ねさせなかった。

「だから、お似合いにゃならなかった。そう思う。あたしは、あいつに並んで歩けはするけれど、もう並んで歩かなくてもいいかってなったら、そのまま別れていくだろう。似た者同士に過ぎないからね。けれど紫乃。あんたは違う」

 説き伏せるような声音に、心中も凪いでいく。

 いつしか紫乃は、葦呼の言葉に聞き入っていた。

「ひとりでなんでも出来る奴が、ひとりでいなければならない理由など、ありはしない―――これは、あたしの恩師が口にした中で唯一、凡庸な言葉なんだけど」

 前置きは、そこまでで済んだ。

 言ってくる。

「あんたは、あいつに、好きなだけついていったらいいと思うんだ」

「うん」

 紫乃は即答した。


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「告白されたのに、葦呼は、恋愛する気、無かったんだね」

「てか、あいつだって多分そんな気なかった」

「は!?」

 ぶったまげた拍子に、余韻も吹き飛んだ。

 そんな威力も知らずに、葦呼はいけしゃあしゃあと続ける。

「あいつはひとりで歩いていける奴だから、あたしと並んで歩いてみてもいいかもって思えただけだろ。もとから趣味友だったし。そうなると、あたしを妥当じゃないと判断する致命的欠陥も無かった。じゃあ試してみるかって」

「……………………」

 自分の立場的に、考えないものが無いでもなかったが。

 それはさておき、現実的に問い質せることと言えば、これしかない。

「葦呼は、そんな彼に、どう応えたの?」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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