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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.  去り際も、特別なものなどない……例えば、急にスピードを出すとか、急ハンドルを切るとか、もっと露骨に窓から手を出してオーケイサインを作るとか。どれか踏ん切りをつける目星がありさえすれば、うろうろとそれを求めて考えずに済んだのかもしれない。紫乃の声は麻祈に聞こえなかったのだろうか? 聞こえたのだろうか? 聞き流されてしまったのだろうか? だとしたら、迷惑だと思われただろうか? ―――

 だからそうして、家の前に立ち尽くしていた時だった。

「あんた、どっから出んの? その声量」

 振り向いて、振り仰ぐ。

 自宅の二階の窓から、声の主が身を乗り出していた。歯ブラシなんか銜えながら。

「お姉ちゃん」

 とりあえず、呼んでみる。部屋の電気は消されていたから、そこに姉―――漱がいるなんて気付いてもいなかった。て言うか、

「そこ、わたしの部屋なんだけど」

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。紫乃は、お辞儀したまま、目をぱちくりさせた。

 たったそれだけの戸惑いさえ彼にはなく、上から声が続く。

「もったいないなら、そのまま家の人に使ってもらって」

「あ」

 紫乃は、顔を上げた。

 そういった変化さえ、彼にはない。眉と目尻の角度だけが、微苦笑にほだされて鈍角に傾いだ。

「別に、カシパクられたって佐藤に吹聴したりしやしませんよ」

(かしぱくられた―――借りパクされた?)

「それじゃ、お元気で。おやすみなさい」

 そんな食い違った感覚さえ、紫乃にしかなかったようで。

 言い終えた彼の顔がフロントガラスに向いた。それに続いて、手の先もハンドルを握る。アイドリングから再稼働したエンジン音と排気が息巻いて、寝静まっていた夜気をどよめかせた。そんな余震だけでなく、実際に車が動き出す……ゆるりと、前に。いつの間に開閉スイッチを切り替えたのか、パワーウィンドウが閉じられようとしていた。締め出される。
あの中にいたのに、自分は履いている彼のサンダルごと、あそこから締め出されてしまったのだ。

(わたし、なんか、)

 わたし、が。わたしじゃ。わたし。わたし。わたし。

 ―――あんたいつまで、わたしだけでいるつもり?

(この期に、……及んで―――!)

 かっと、頬が上気した。

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。麻祈へ道順を説明せねばならない役割は、それを欺瞞するのに役立ってくれた。麻祈も、特に口を利かなかった……と言ってもそれは、紫乃の沈黙に引きずられてだんまりを決め込んだということでなく、従順に相槌を打つ以外は運転に気を取られていただけだろう。事前に地理に詳しくないと打ち明けてきた手前、頷ける話ではある。基幹道路から外れて市街に分け入ってからは、制限速度の半分あるかないかといったスピードで、彼は車を進めていく。紫乃とて昔、携帯電話を片手にライトも点けず前カゴ過積載で飛び出してきた中学生とニアミスしたこともあるので、慎重でいてくれるくらいでありがたい。

 通りすがりの外灯が、助手席に無造作に置かれている荷物を、アトランダムに照らし出す。五箱包装のティッシュ箱、詰め替え用の液体洗剤のボトル、同じく詰め替え用の香辛料の小パックはビニール袋から飛び出して、黒胡椒・塩胡椒・唐辛子の順に将棋倒しとなっている。パッケージの絵柄とメーカー名はばらばらだった。こだわらない性質なのだろうか……名前の呼び捨てと同じくらいに。そう言えば、彼は最初、紫乃を助手席に乗せようとした。

「…………―――」

 ややこしく物思いが濁る前に、乗用車は坂田家に到着した。

 そしてとりあえず、紫乃は思った。

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.左折ターンに振り回される感触が過ぎ去ってから、今更だけれど、ちょっぴり笑ってしまう。友人の名前をど忘れする麻祈の姿に、親密味が感じられた。紫乃は、軽く丸めた手を口に当てるようにして、噴き出した吐息を押しとどめながら、

「あんまり呼ばないと、咄嗟に出ないですよね。こういうの」

「どうかなぁ。俺が、こういった風にアウトプットされる佐藤に不慣れなだけかもと思います」

(あうとぷっと?)

 視線を横ずらせ、それを考えた隙だった。麻祈が、ふと黙り込んだのは。

 なので、その不意打ちに備えていなかった。

 聞いてしまう。

「―――葦呼」

 囁きだった。

 咄嗟に、紫乃は息をとめていた。

 そうしなければ、心臓から跳ね上がった奇妙な鼓動をやり過ごせなかった。まさかその音を聞かれてはいまいかと疑ったわけではないが、それでもすぐ前の席に目を跳ね上げる。

 どうということなく、彼は運転し続けている。気楽に耳たぶを掻いていた指先を、またしてもハンドルに添えながら、

「成る程。いいですね。佐藤より言いやすい」

 それだけだ。コメントは終わり、口が閉じられる。

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.そして、その後。麻祈が、とりあえず乗用車を車道に向かわせながら、

「すみません。この車、カーナビゲーションも搭載していないし、俺も近辺の地理にあまり詳しくないので、ここからの道順で住所まで指示して戴けるとありがたいです」

「あ、はい。分かりました。ここからだと、まずこの国道を左にお願いします。それでしばらく、直進で」

「分かりました。あ、暑かったら窓を開けてください。エアコンが効くのを待つより涼しいと思います」

 縁石からタイヤが下りて、かっくんと揺れた。乗用車はちゃんとウインカーを出して左折し、法廷速度通りに進んでいく。ひとまず、紫乃は安堵した。ハンドルを握ると豹変するタイプの人間は、ざらにいるものだ。姉とか(自称:自動二輪車限定だけど)。

 よじれていたスカートのすそを整えて、運転する麻祈を窺う。前席にて彼は、流れている小音量のラジオ番組に聞き入っている風もなく―――というか「イエエェェェアッハー! ボルテージ上がってるかい烏合の衆ううぅぅぅ! 烏合の衆ってウゴウゴ衆って言ってみたらダサカワ最前線だぜ俺的にゃあヒャッフー! ヒヤッフー! とっくにヒヤッとしてるのにフーフーあーん! バカップルめが小指折れ! ねじり折れ! ちなみに上がる・下がるはボルテージで、張ったり弛んだりするのがテンションだが、英語的にはテンションもボルテージも電気の威力に関する値だから、うっかり『俺ってば朝からハイテンションだぜ』なんて英語圏人に言おうものなら『今朝は高圧電気あびてきた』と食い違った理解をされるかもしれないから注意しろ! そこの君、俺のことを馬鹿だと思っておきながらこんなことさえ知らなかったそこの君、君こそ、シリーズ・人並みのクズのメンバーカウンター回すひとり目だぜぇ歓迎曲として一発目流すぞコルァ―――!」以下続いていくエクスクラメーションマークが絶えない謎のトークに聞き入る隙もないのだが、それはそれとして独創性溢れるBGMらしく聞き流しながら―――、肩肘張らずハンドルに指を掛けている。平地なので、急勾配のようにギアを切り替えたりといった作業も無い。話しかけても良さそうだ。

「麻祈さん。ここで暮らし出して、まだ日が浅いんですか?」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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