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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.そのことを、気付かれてはならない。大型書店の白すぎる屋外灯に照らし出された麻祈の顔は、その眩さを鬱陶しがるのとは別の意味で、しかめっ面となっているのだから、その渋さを強めるようなことは出来ない。ましてや、もっとはっきりと、嫌悪などよぎらせてしまうようなことになったら―――

 その閃きを跳ねのけるように、紫乃はばっと右手を挙げた。きっぱりと、麻祈に向かって発言する。

「やっぱり歩いて帰ります!」

「は?」

 怪訝そうに深まりゆく、眉間の皺。

 それをとにかく見たくなかった―――見るほど、行く末まで見通せる気がした。渋面が。

「もう雨ほとんど止んでるし、わたし歩くの好きですから! じゃあ!」

 言い張る声半ばに、紫乃は麻祈から顔を背けた。

 次いで、肩、腰、きびすと反転させていく。どれかで もつれて転んだりしないか気にしていたせいで、まっすぐ挙上した手を引っ込め損ねてしまった。が、大丈夫―――それは、歩き出して転倒しないと目星がついた頃に仕舞っても、充分に間に合う……
 小雨がぱらつく駐車場に、軒下から踏み出す。そのアスファルトは歩道に繋がり、歩けば自宅まで繋がっている。ならばそこまで、歩いて行ける。そう思った。

 またしても、思っていただけだった。

 挙げたままでいた右腕の服の袖がつっぱって、前に進めなくなる。背後のなにかに引っ掛かったらしい。なにに?

 振り返る直前、その右手の中に、硬い感触が押しつけられた。細くて長い。棒だ。

 思わずそれを握り返して、肩越しに振り返る。麻祈が、紫乃の右袖をつまんでいた。

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「うあひどっ―――また、一体これはどうしたんです? 用水路にでも落ちましたか?」

 落ちたことにしてしまえば、笑ってくれたりするかなとか。

 それ以上に、興味や関心を引ける言い回しはないかなとか。

 そんな邪な思いつきは、思いついただけで終わった。ばれない嘘を即座に取り出せるような器用など自分に期待するべくもないし、なによりもう黙っていられそうにない。麻祈と話せる。自分が話せる。

 そこからボロが出るかも分からないのに。

 彼を正視できないまま、俯きがちに、紫乃は小声を震わせた。

「……いえあの、ついさっきまでバケツをひっくり返したみたいなゲリラ豪雨が……」

 その時だった。首元に、風を感じる。風を帯びた指だと分かる。紫乃のこめかみあたりの髪をひと束すくい上げて、麻祈がそこに顔を寄せていた。

「―――本当だ。いい香りしかしない」

 そして、やや屈めていた上体を戻す。手も下げられた。下げられた?

 下げられる前は、どこにあった?

 彼の顔はどこにあった?

 その唇で何と言った? ―――

 声が聞こえる。

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少し離れたところにある、書店の出入り口。硝子製の自動ドアから筒抜けになっている店内の電飾が、押し迫る夕暗がりを押し返している。その、光と影がないまぜになった拮抗の境界線に、麻祈が立っていた―――こちらを向いて。

 途端だった。叩かれたのは。

(は!?)

 確かにそれは、腰の下を、ばしっと、平たく重いなにかで叩かれた感触だった。わけが分からず、とにかく背後に身体を反す。誰もいない。遠心力で振り回されたショルダーバッグが、脇腹にタックルしてくるだけだ。ばしっと。平たく重い感触で。

(この鞄かー!)

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「…………」

 叩かれた襟を握ってみる。みかんを搾ったように、水しぶきが飛んだ。

 つま先の内側が水たまりになってしまっているパンプスを片方ずつ脱いで逆さに振るのだが、また履くとすぐに背筋から伝い落ちた水気で同じ水深が出来てしまう。

 どれもこれもハンカチで拭き取れるレベルではないが、それでもハンカチを携帯していないことが悔やまれた。

(どうしよ。電話したら、きっと家の誰かが迎えに来てくれるけど。こんな濡れ鼠じゃ車の座席に座れないし……こうなったら、タクシー呼んでみるとか? でも、帰宅ラッシュに巻き込まれちゃうくらいなら、歩いて帰った方がいいかなぁ。いやでも、こんな濡らしたまま家まで歩いたら、このパンプス壊れるかな? 短大の時に買ったのだし。うう)

 いっそ凍えるほど寒いなりすれば決心もついたろうが、蒸し暑い熱帯夜を予感させる気温が下がってくれる気配はない。それどころか、ゆっくりと上がっていきそうな予感さえしてしまう―――雨が止み始めていた。雨粒が軽くなり、雲が落日に透け始める。そんな時によく見える、白い月まで薄雲ごしに見通せた。

(あーもー。真っ暗だったら、やっぱり車しかないって決心できたのにー。歩いて行けそうじゃん。どーしてくれんのー。もー)

 八つ当たりが太陽系まで侵すのもどうかと思うが、どうしようもない。どうしようもなかったのだ。ぐしょぬれのまま立ち尽くしているのも、今後を考えあぐねてしまうのも、どうにもならなかったのだから。

 ただし紫乃は、それがそれだけだと思っていた。思い通りに行かないのは、空模様だけだと。

 それを、裏切られた。

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.じっとしておれず、杭に繋がれた犬のように、その場でぐるぐると歩きまわる。総合病院の勤務医というのがどういったローテーションで働いているのか知らないが、事実として時刻は夕刻を過ぎ、車の流れや人の流れが朝と逆流する頃合いと言えた。その流れの中に彼がまだいないなんて、どうして断言できようか?

(だっ駄目だ駄目ダメ絶対だめ! こんなとこにいるなんて駄目だ、わたし―――!)

 豪雨は続いている。これからも続かない保証はない。

 まだ誰も帰ってきていない。これから誰も帰ってこないなんて保証は絶対にないし、それが彼でないという保証こそ存在しない。

 雨に濡れても死なないが、ここにいることを彼に目撃されでもしたら、悶死する瀬戸際まで行く。きっと行く。かなり行く。

 こみあげてくる動悸に、走り出せと責付(せっつ)かれているように感じた。

「―――……!」

 紫乃は、雨天に飛び出した。


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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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