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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「そう思うのね。紫乃は」

 ぽつりと、葦呼が応答してくる。

 続けて、吐いた息で、口の端を歪ませる。鼻で笑ったのだ。

「なら、アサキングはクソ野郎だね」

「え?」

「あいつ、あんたの電話に、ずっと応えたんでしょ。勉強が出来て、すごい大学も出て、立派にお医者さんやってるあいつは、あんたなんてみじめさからしてちっとも分かりゃしないのに、いけしゃあしゃあと、ずうずうしく。それって上っ面だけじゃん。すっげえクソ野郎」

「そんな言い方―――!」

「無いと思うよね。あたしもそう思ってた。たった今、あんたの口から聞くまでは」

 顔色が変わった……急激に。二回も。それを自覚する。

 上がった血の気が、途端に下がった―――その潮騒を聞きながら、紫乃はただ眩暈を覚えていた。

 それは、葦呼も同じようなものらしかった。ぐったりした雰囲気に、しょんぼりした気配を注したせいで、顔の角度を変えただけでひと回りは老けこんでしまって見える。そして、そういった老婆が老婆心を出す時のように、諦め慣れた疲れ声で、付け足してきた。

「ねえ紫乃。あたしらは別に、あんたの引き立て役になるために、あたしらでいるんじゃないだから」

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「あいつはそれを分かってて、開き直ってやってる。けど紫乃、あんたはそうじゃない。だから、あんたには我慢できなかった。それで、そのことが効いてくれたらとも、あとになって打算した。言い訳がましくもね」

「効いてくれたら?」

「うん。効いてくれたから、ここに来れたんでしょ。あたしに会う理由があると、会わずに済ませることができなかった」

「……まさか、わたしを呼ぶ理由作りのためだけに深酒したの?」

「まさか。それだけじゃないがために、深酒せざるを得なかったんだよ。まあ、そんなの今はどーでもいい」

 と、鬱陶しげにかぶりを振って、二日酔いとは異なる不愉快なものを追い払おうとする―――そして、それに失敗したことを暗に告げる無表情になると、葦呼は一度だけ嘆息した。紫乃の鈍さに呆れたと言うよりか、仕切り直すポーズを取りたかったのだろう。体裁は整っていなくとも。

「紫乃。あんたは、あの派手カラフルな美女の裏っ反しだ」

「うら?」

「わたしなんか。わたしが悪い。わたしじゃ駄目。わたし。わたし。わたし。―――紫乃。あんたいつまで、わたしだけでいるつもり?」

 畳み掛けるような言葉。

 それを吐き出す葦呼は落ち着いている。よれよれのパジャマから着替えられないほど困憊し、アルコールの残滓なのか奇妙に皺の増えた顔に目を落ち窪ませながらも、物腰は静かで理知を崩さない。それが彼女だ。

 それを言ってしまう。どうにも我慢ならなかった。

「葦呼には、分からないよ」

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.紫乃は口を開いた。迷いが詰まって言葉が出なかった。

 閉じようとした口を、もう一度開いた……詰まっている迷いを吐き出しすことなら、出来る気がしていた。

「あのさ。葦呼」

「うん?」

「こないだ、喫茶店の時」

「うん」

「葦呼が、最後、わたしと麻祈さんに『お似合いだ』って言ってたのを思い出して、」

「うん」

「あの時の葦呼が、その―――……我を忘れてる、みたいに見えて」

「……ふぅん」

「あのさ、―――」

 惑うまま、目線を葦呼に合わせる。反応を見たかった―――正しくは、反応するのか確かめたかった。変化するかを。

「葦呼にとって、わたしと麻祈さんって、そういう相手なの?」

「どーゆー相手?」

 葦呼は、やや首を傾げた。だけ。

 聞き返されても、説明に窮する。

「どういう、って……」

 まごついて言葉を手探りしながら、自分でもなにを探し当てたかったのかを見失う。もとより明確なビジョンがあって問いかけたのでもなかったから。

 そういう相手? 葦呼と紫乃は友人だ。葦呼と麻祈も、友人―――同僚兼趣味友だったか?―――らしい。そしてそういった言い分が外聞でなければ、合コンに差し出したりしなかろう。

 となると、尚更こんがらがってしまう。紫乃は眉を顰めた。

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「今朝、勤め先に病欠しますって連絡してんのに。昼のメールにも返信してんのに。ちっとも覚えてない。でも履歴あるし。キモいィい!」

「あ、そ―――うなんだ」

 鼻から声が抜けるのに適当に合わせると、どうにか相槌のようになる。

 葦呼は、それに頓着するでもない。

「うー。まーいーか。どーせ野郎とは数学の話しかしてないし、だったらそのうちまた話すだろ」

 そして独壇場は、聴衆とお構いなしに閉幕した。葦呼がぐだっと肩を落として、無駄に消耗した体力を後悔するように小さくなってしまう。とりあえず、そうしてみて股の間にあるコップを再発見したようで、えっちらおっちらと卓袱台の上に返納してきた。

 それを見ていたのは惰性だった。坂田家の家訓によれば、人様の部屋の中というのはあまりまじまじと見ていいものではないので、ほかに出来ることも無かった。それでも、コップの水なんかに、話題はなかった……少なくとも、紫乃が話したいと思えるものは。

 ただし今の問題は、話題性の有無でなく、そのことがはるかに先が読めない事態の呼び水になるのではという懸念だった。

「…………―――」

 躊躇しない筈もない。

 更には、値踏みするでもないのだが。まずはそれについて、尋ねてみる。

「数学って。微分積分とか、高校でやったあれ?」

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.ぱたんと冷蔵庫を閉めて、葦呼のいる居間中央の卓袱台に戻る。

 葦呼はぴくりともせず、卓袱台にうつ伏せで上半身から倒れたままだ。その正面に回り込んで座布団に正座した紫乃が、卓上にコップを置いて水を注いでいる間だけ、子犬が過敏反応するように茶色い毛玉(頭)をふるふるさせていた。もしかしたら、とん・とくとくとく……という卓袱台伝いの振動が響いて嫌だったのかもしれないが、それに気付いた時にはもう作業は終わっている。

 そっとコップを葦呼へ押し出すと、彼女は顔を転がしてそれを視認し、右手で掴んで床に降ろした。そして額は卓袱台にうつ伏せに戻すと、鼻から下を卓袱台の縁から出す形で唇をとんがらせて、水をすする。悲惨だ……それ以外の批評は、正気の時にでも笑い話にしてしまえばいいのだ。そう思う。思うことで、大の大人が変な体勢で水を呑んでいる光景に笑いたくなる衝動と距離を取る。

 V字に投げ出した足の間にガラスコップを戻してから、ぽそっと毛玉(頭)が唸ってきた。

「うぇー……沁みるわー」

「飲んだら、ちょっと横になった方がいいんじゃない?」

「ずぅーっと横になってたから、もう無理です……駄弁って内臓連動させて内側でも血液循環を促すべきです……」

「あ、そう」

 となると、話題を探すしかないのだが。自分用に注いだ水をコップから舐めて、潤した舌先で言葉を探すものの、大したものは見つからない。テレビでもつける? あるいは、部屋の電気つける? 無難な内容だが、葦呼がイエス・ノーで答えてしまえばそれまでだ。て言うか、面白くないテレビ番組しかやっていないことを知っている手前、それを進めるのもどうかと思うし、室内の照明だって窓から差す陽光で充分なことも分かり切っている。あと、分からないことと言えば……

(言うまでも無いんだけどね)

 ちんぷんかんぷんの大元へと、紫乃は問いかけた。

「って言うか。葦呼ったら。女子会の時だって全然飲まなくて、ハンドルキーパー役を買って出るのに。一体どうしたの?」

「ぐぬぅ。アサキングが居酒屋に顔見せたところから記憶ない」

 ぽんと返された呻き声。の中の、呼称。

 葦呼がもたもたと顔を上げて、据わった目で虚空を睨みつけた。両手で頭を抱えて、悔しげに上半身を捩る。

 出遅れているうちに、続きが始まってしまった。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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