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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.麻祈は、注目と注意を佐藤に引き戻した。彼女は反駁するでもなく、あっさりと唇を閉じている。言葉を呑んだついでに、麻祈から献上した冷水を飲んでくれそうな気配もないが。

 そう言えば、お冷やついでに置いていかれたおしぼりのことを忘れていた。自分の分もそうだが、佐藤の分も手つかずで卓上に転がっている。そのひとつを、隣席の佐藤の前に転がしてから、

「絶対に分かり合えない者同士が、絶対的に分かり合おうとする。それは―――そうだ、まさしく、『カワヅ』に見る不条理の再来じゃないか。作者はジェイヤーだったか? 前に、お前から借りた本だぞ。まさか持ち主が、内容を忘れたとは言わないだろ?」

「言わないよ」

 佐藤の手が動いた。おしぼりを取るつもりだろうと思っていた。

 だから彼女に胸倉を掴まれた時も、掴まれてぐいと引き寄せられてからも、麻祈はされるがままになっていた。

 佐藤が、喉笛を軋らせる。

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.前回と違って、廊下との仕切りの簾は上げっぱなしのままだ……単に下ろすタイミングを見失っていただけなのだが、麻祈はこれ幸いと、眼差しだけでも下界に遁走させた。店内。見える範囲のテーブル席はおおよそ埋まっており、そのおおよそは簾が下げられている。まるでモザイク処理された告発者のように安堵して、誰も彼もが謳い出していた。独断―――美談―――「やっぱ人生、愛よ、愛」―――ピンボケした照明は、道化たちの弁証法をさも王道であるかのようにぼかし、飲み干した酒杯の数を記憶からちょろまかし、痘痕を笑窪に変える。シャノン・ハートレーの定理を脱ぎ捨てて、正気のまま近づけば、笑窪に見えていた相手の痘痕の醜さと、笑窪だとみなしたがっていた己の下衆らしい利己心が引き立つだけなのに。ああまったく、自分も酔っておくんだった! 気が乗らない宴会の前にカンフル剤として一杯ひっかけてから出かけるのは恒例だが、佐藤だからと油断していた……

「昔だけど。分かるに決まってることが分からないのを知らない奴と、分からないと決めつけていたのが分かったんだと知っただけでいられない奴が、双方向的に接近した」

 佐藤から、声。

 噛んで含むと、興味を引かれるフレーズではあった。尋ねる。

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「ねえ。宇宙って分かる?」

 ちらと、目角から彼女を窺う。佐藤は椅子に凭れたまま、項垂れがちに前を向いているだけだ。その瞳に、涙の厚みは無い。

「それなりに」

 とりあえず麻祈は、可もなく不可もない応酬をした。

 佐藤は満足しなかったようだ。

「だったら、三次元閉多面体と三次元閉球面って分かる?」

 にべもない問い。それは、またしても落ち着いている。

 途端に、手心を加えているのが馬鹿らしくなった。さっきまでのように話し方が舌ったらずだったなら、まだしも保護者気取りで猫可愛がりする意欲も継続しただろうが。辛辣に舌打ちし、煙たがる。

「いい加減にしろ。なんの話をしたいんだ。まさか、証明されてン年間のこの期に及んで、ポアンカレ予想についてじゃないだろうな?」

「半分アタリ。ポアンカレ予想じゃないけど、今更の話だ。今更の」

 話は続く。ならば聞くしかない。となると、こたえるしかない……

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「なに? 酒を飲まないと出来ない話ってなに? なんであったところで意味ありませんよーそんなの。とっくに自分自身にイニシアチブ取られてますからー。コカイン(initiative)キメてるみたいにラリっちゃってる今、なに言ったところで酔っ払いの世迷い言とみなされるだけですからー」

「言ったな」

 きょろ、と充血させた目玉を麻祈に転じ、佐藤が身体をくねくねさせてから上半身を反り返らせた。胸を張りたいだけなら、途中の仕草は奇矯な振り付けとしか言いようがないが、まあ勝ち誇るオーラっぽいものを振り撒きたかったのだろう。だとしたら成功したとは言い難い。としても、不可抗力だ。溺酔とは、己の観点から客観性を溶け出させる……

 というわけで、佐藤の満面至極とした高笑い混じりの喝破は、ぽつんと置いてけぼりの麻祈など露と知らず、どこまでも続いていく。

「言いおったな。ほほほ。おほほほほ! 片腹痛いわ!」

「両腹じゃなくて良かったですね」

「わらわが、その世迷い言こそ欲していたとも露知らず、そなたはその口から言いおったな!」

「わー見事な予防線んー。へべれけとして、素面に戻った時に記憶が無い様相を完装しやがったー。宿ってるよ。もう完璧に宿ってるよこいつ。すいませーん、ソレどこのどちら様の霊魂ですかーぁ? 宮中では策略家なくせして実は性根が幼稚なだけの継母ですかぁーあ?」

 佐藤の売り言葉に、買い言葉を投げつける。心がけて、幼稚に。

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.その能天気に晴れ渡る酔いどれた横面を、恨みがましく見守るしかない。正直な話、そんなことすらしたくない。白人圏で白人が口にするならともかく、日本らしい日本人が口にすると洒落にならない禁句が、今この時に発砲されるかも分からないのだ―――佐藤は、それを軽々に考えている。抜本が生粋ジャップだからだ。それを痛感する。

 とにかく、諌め続けなくては収集も望めない。いつの間にやら平手が拳に変わっていて、殴り付けられる筋骨が痛み出していたが、どうにか麻祈は自分の手つかずの冷水コップを佐藤の前に移動させた。彼女は見向きもしない。呼びかけるしかない。

「アァ(Ah)……もっと(More)……じゃんじゃか水を飲むべきじゃねーかなぁ(More and more water needed methinks,)? まあ俺としてはってだけだが(but that's just my two cents.)」

「クソ食らえだ(Up yours,)、カス野郎が(Sonuvabitch!!)!  くたば(Fuck yo)―――!」

 べえ、と舌まで出してから、佐藤は拳から立てた中指をこちらに向けようと―――

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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