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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「段先生って実際のところ、佐藤先生と、どこらへんの仲なんですか?」

「どこらへん、と訊かれても」

「お付き合いに、ちゃんとお礼言ったりプレゼント贈ったりしてる? じゃないと、いくらなんでも報われないでしょ。モテ男は火種なんだから、今回みたく、火消し手伝わされるばっかじゃさー」

「男?」

 ぱた、と麻祈は歩を止めた。

 さすがに、正気を疑わざるを得ない。怪訝に、橋元へと振り返る。

「……佐藤は女ですが」

「は?」

 そんな橋元こそ、訝し気な表情をもろとも吹っ飛ばす、素っ頓狂な声を上げた。

「いや、佐藤先生も悪い方じゃないけど。性格さばさばしてるし、ちゃきちゃき仕事こなしてくれるし。ってか、そうじゃなくて。君がモテモテでしょ。それより、もーちょっとピンクな意味で」

「わたし? どこが」

「またまたぁ」

 と、橋元は己の顔の横らへんで、片手をぱたつかせつつ、

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「ええ。最短で噂の信憑性を自壊させ、誰しもの興味を収束させる方法ですよ。みんなエンターテインメントを楽しみたいだけで、本当の意味では噂の真実なんてどうでもいいってことを、彼女は良く知っているんです。こういう手合いは、さっさと膨らませて勝手に破裂させるに限るってね―――欲しがるんだから飽きるまで与えりゃ黙るのも早かろうって戦法です。対する段先生ときたら、」

 途端、橋元は戸惑う麻祈へと、引っ込めていた掌を向けた。が、今度は、脊梁にアタックしようとしてのそれではない。拳から一本指を立てて、そのかさついた先端を、こちらに向ける。

「流れている噂はエンタメと傍観できるのに、エンタメに興じる群衆から別個ひとりひとり向き合うとなると、いてもたってもいられなくなる生真面目さだ。だからそうやって無意識に、外部とのチャンネルを切っている。それでも、わたしのように無理矢理アクセスしてくる奴へは相手をするんだから、本当に生真面目というか」

「そんな。わたしはただ―――」

 咄嗟に、麻祈は言い返していた。確かにさっきまでは、誰彼のせりふを日本語と捉えず、個数としてカウントしていた。それは事実だが。それはただ―――

「めんどくさい。だけですから」

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.激怒に任せて、呼び出しを切ったPHSを床に投げつける。のだが、PHSはネックストラップで首と連結されているので、どこかにぶつかって破損するということも起こらない。びよんと勢いよく麻祈の腹の前でスイングし、アトランダムなブランコを繰り返しては、行き場のない八つ当たりがぐるぐる吹きだまる状態を具象化していく。くるくる。狂々り。

 獣声が戦慄いていく。

「俺の駄法螺(line)は吹聴しとき(shot)ながら俺からの直通(line)はシカトする(shoot)たぁどーいった爆走だ『あの極悪クソ不良女(the most beastly chavette!)』!」

「あっはっはっはっは!」

 それはもうあけすけな大笑いに、無礼を忘れた目付きのまま背後の橋元を振り返る。

 橋元は、真顔だった。麻祈の面貌を見てからも、―――おそらくは、見る前からもだ。

 鼻白んで、言葉を失くす。その隙に、橋元に口火を切られてしまった。

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「いよぉう! 段せんせーえ!」

 との溌剌とした呼びかけと同時、これまた声と同威力の平手に右肩の裏をはたかれては、振り返らざるを得ない。分かりきっていたことだが、それでも麻祈は彼の名を口にした。

「……橋元先生」

「おうよ。なに?」

 と訊かれても、疑問なところは何も無い。医局廊下にて気さくに白衣を着こなした橋元は、通常通りに中肉中背の東洋人男性であり、壮年に差し掛かっているわりに老成した感に欠けるのも変わらない。寝癖なのかオシャレなのか―――あるいは後者のセンスを疑われた場合は「これは寝癖です」と言い逃れる腹積もりなのか―――判然としない捻れ具合の短髪に、髪型ひとつにそこまで裏を作っているとは到底思わせない、根明な笑顔。いつもながら、ノリもフットワークも腰も尻も軽いと評判の、先輩医師である。評判内容が好評か悪評かは言及を避けたいところではあるが。

 なんにせよ、挨拶を続投しておく。肩に手を掛けられたままでは、進むも戻るも出来やしないのだし。

「お元気そうで、なによりです」

「いやいや。装ってるだけですよう。見抜けないなんて、まだまだ修行はこれからですかぁ?」

「はあ。今後とも、ご教授・ご鞭撻の程、よろしくお願いします」

 と、またしても無遠慮に肩甲骨を連撃してきた掌に首根っこを引っ込めるのだが、橋元は気に咎めた様子もない。どころか、そうして上背のある麻祈との身長差が僅かでも縮まったのをいいことに、一層に馴れ馴れしく間合いを詰めてきた。こちらの耳元に、片手で作ったメガホンと小声を寄せてくる。

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「うーん……」

「よー佐藤。なにしてんだ? 掌なんかじっと見て」

「いや。ここんとこがさー」

「なるほど。よく見ると、確かに人の顔が―――」

「違わい。勝手にヒト様の身体で怪談すんな」

「ジャパンテイストな夏気分に」

「ならないならない。
 じゃなくって、どーにもヤケドしたみたいで」

「やけど? ……まあ、言われてみれば、親指から人差し指にかけて……しかも、うっすらとこのへん水ぶくれか。どうしたんだ? 料理でアブラ跳ねとかじゃねーだろ、これ」

「いや。昨日の休み、まるまるバドミントンしてたから」

「あーあ。ちゃんと途中途中で手ぇ冷やしてたんだろうな?」

「ううん」

「なおのこと悪いなぁ。靴ずれみたいになった上に、摩擦熱で肉痛めてんじゃん」

「じくじく痛い以上、言い訳はするまい」

「摩擦を甘く見るんじゃないぞ。それだけで学問的に確立してるくらいのもんなんだからな」

「およ? 学問?」

「おうよ。トライボロジーっつってな。摩擦によって起こる現象を把握して、制御するための学問だ」

「それすると、なんかあんの?」

「たんじゅーんな例を上げると。
 お前は、素手でラケットを長時間ふりまわすことによって負傷した。これを制御するにはどうすればよかったか?
 答えのひとつは、手袋をする。手袋をすることによって、皮膚の摩耗を低減させることができた」

「そんなの、握りが利かないじゃん」

「じゃあ、握る面に、摩擦の強い性質のものを使っている―――ゴムのイボがついてるような―――手袋にするか、指先だけ出した手袋にするか、なんならそのふたつを両立した手袋をしたらいい。
 どうしてスポーツで手袋をすることが多いのか? その意味を考えてみろ。なにも、スポーツが決闘の代名詞だった中世ヨーロッパの名残りじゃないんだぜ?」

「むう」

「特に俺らにとって、切っても切れない分野がバイオトライボロジーだ。眼科のコンタクトレンズに、歯科の義歯、整形分野では義手・義足との接触面や人工股関節。人体と人工物の間で発生する摩擦は、コントロールされなければ致命的なものになりかねない」

「そーいやそーだけどさー。んなオーバーな話にするとこがまたアサキングらしいよねー」

「ほっとけ。数学関係で物理までかじった時に、ちょいと食指が動いた分野だったんだよ」

「あ。それだったらあたし、クラウゼウィッツの摩擦やったことあるよ」

「? 誰だそれ。物理学者か?」

「いんや。軍人。『戦争論』って本出してる」

「そこに出てくる概念に『摩擦』があるのか?」

「そ。
 どんだけ完璧な計画のもとで戦争を企てても、それをやるのが地球上の人間である限り、絶対に計画は不確実になるってこと」

「ふーん。極めて合理的で正しい命令でも、仲間内がいがみ合ってたら言うこと聞いてくれなくて連係が取れない。とか?」

「それは対内的な摩擦だね。他にも、敵に邪魔されて補給が出来なくなるとかって対外的な摩擦と、急激な冷え込みで体力を予想外に消耗するとかって環境的な摩擦があるらしいよ」

「成る程ね。摩擦―――弱過ぎれば毛ほどでもないが、寄り集まって強くなると深刻なダメージに繋がる現象、な」

「なーんか予想外に哲学っぽくなってきちゃって、戦争の霧とかなんとかってとこまで掻い摘んで、読むのやめちゃったんだけどね」

「じゃあ俺も無理そうだな。ましてや数学でもねぇし」

「戦争かぁ」

「戦争なぁ」

「……その前にやることやんなきゃね」

「そだな。
 俺、とりあえず昼飯」

「あたしも」

「これも縁だし、一緒に食いますか。佐藤先生」

「もちろんいいですとも。なんなら、おデェトっぽく奢っていただいてもよござんすよ。段先生」

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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