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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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.佐藤は、麻祈の渋面を斟酌することもなく、ただ淡泊に強調する。

「癖毛隠しなんだから、ちゃんとつけといて。これも手拭いも、わざわざ実家の押入れから探してきたんだから」

「先に言ってくれりゃ、cap でも topper でも Chapeau でも自分で調達したっつのー」

「最後のフランス語、シャッポだからね、日本語らしく発音するなら。帽子、シャッポ。死語に近いけど。って、なに? トッパー?」

「え? あるだろトッパー(topper)。トップハット(Top hat)。ほら。黒くて。正装した手品師がウサギ出したりするアレ」

「シルクハット?」

「いやシルクハット(Silk hat)にウサギ詰めるとか、正気の沙汰かお前。とりあえず帽子屋さん泣くだろ。手品師だって泣くぞ。値段いくらすると思ってんだ? だから俺も買わん。そいつは買わん。勤務医な俺はウサギ詰めないとしても買わん。帽子屋さんに恨みも無い」

「―――じゃなくて。あのね。あんた。話戻すけど」

「ンだよ?」

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「折角こうして仲良くなった人ン家を、あえて舞台に借りる? 言っちゃなんだが、俺としては賛成しかねる。ことの風向きによっては、佐藤とその人との良縁ごと玉砕するかもしれない。猛犬と核弾頭を突っ込むなら、使い捨てに出来る安普請が第一選択肢だ。だろ?」

「んー。そりゃまあそうなんだけど、これ以上に好シチュエーションなとこが思い浮かばなかったし。相談したら店長さんも、困った時はお互い様だって笑い飛ばしてくれたから」

「だとしても。ほかにかまけて、みすみす友人を失うのは―――」

「それ以上言ったら、気に食わないからぶっ飛ばす」

「は?」

「あたしがあんたらに向けるせりふを、あたしのとは違う意味で、あたしに使うな。それ以上続けたら、毟って取るからね」

「毟り取るよりおっかない言い回しやめろよ。てか、どこから毟って取るつもりだよ」

 そこかしこの急所をそっと手で隠しつつ、麻祈は佐藤から地味に後退した。

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.個人経営らしく小ぢんまりとした店の最奥にある、四人掛けテーブルの一席である。目線を上げれば窓辺に日焼けしたカーテン、窓際からは煙草の脂(やに)を絡ませた壁紙が続き、天井まで達するとそこにある木製の送風機は梅雨の湿気を相手にのろのろと無駄な攪拌を続けている。目立った装飾品は置かれていないが、あるとするならばそれはレコードや蓄音機でなく、音割れしたラジオとくたびれたポスターがおあつらえ向きだろう。まあ、そういった店なのだ―――金儲けよりも、暇の浪費を主眼とした溜まり場。それはビンテージになり損ねた古物の末路のうち、最も平和で好ましい姿だ。

 佐藤に連れられて、ここに入った時を思い出す。

 入口からすぐそばのカウンター席には老人が数人たむろしており、右手側の壁沿いに奥へと続くテーブル席は、どれも空いていた。テーブル席はよっつで、どれも四人掛け。備え付けられた椅子は背もたれが高く、しかもそれを頭ひとつ越える丈の針葉樹の鉢―――まさかニュータイプの盆栽ではあるまい―――の整列で、席同士を区切ってある。まるで生垣だ。この種のバリケードならば、視線は阻むが声音は筒抜けだろう。しかも、店内は薄暗い。電球は燈っていた。そういった小洒落た細工がされているものか、単に硝子玉に積った埃が照度を落としているのかは、定かでないが。

 思わず、呟いていた。

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「あんたはアブラアゲ。手も足もない。少なくとも、そういうことになってるんだから、今は手も足も出さず、じっとしてて。口も声も出したら駄目だかんね―――よーい・ドン(レディ・ゴー)とでも誤解されたら、堪ったもんじゃない。核シェルターでもない急ごしらえの舞台ごと、猛犬に木っ端微塵にされるのがオチだ」

 核シェルター? 手足が生えたアブラアゲに、核弾頭を持ち出す? ああ、そいつは恐れ入るこった。

 そう思いはするが、佐藤は口も口も出すなと言う。募りゆく気鬱に、麻祈はやけくそで破顔した。

「“オン・ユア・マーク(On your marks!)、レディ・ゴー(Ready set! Go!)”? はン。俺が口から声に出すとしたら、“Ready!, Steady!, Go!”だね」

 負け惜しみ―――ああ、言われるまでもなく、口出しにすらなれない出来損ないだとも!―――がどこまで佐藤に通じたのか、それは定かでない。彼女は粛々とセッティングを進め、麻祈は従順に待機した。

 その間、小杉について復習してもみた。彼女からのメールを、こちらへの好意があることを前提に一から読み直すと、やっと理解が追いつくものも数多かった。これはオソロイになれた奇遇が嬉しかったようだ、あのテレビ番組から波及した食事の話題はデート案だったらしい、―――そもそも麻祈へと連打でメールを送り続けてくること自体からして餌をねだり続ける雛鳥であるがゆえに成し遂げた離れ業と言える。

(だったら、こんな騒動になるのも仕方ないか。目を覚ます以前に、目が見えてないもんな。雛鳥)

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.その居酒屋での一件以来、小杉からも坂田からも連絡は途絶えた。佐藤は言う。

「位置について(オン・ユア・マーク)状態だからだよ」

 それを続ける。

「走り出すに値する切っ掛けを、待たされてる―――つっても、派手カラフルな美女は華蘭が手綱を開放してくれるのを、紫乃の場合はあたしが手を引っ張ってってくれるのをスタンバってるって感じ。今、華蘭から手を放されると、あたしも紫乃もあんたも猛犬に蹴散らされるだろうね。ただ、華蘭はあたしとも紫乃とも友達だから、それを食い止めてくれてる。……まあ、食い止めてる役回りにわくわくしてるのも否めないとこだけど、ありがたいには違いない」

 そこで挟んだ嘆息は、落胆でなく、説明のステップを示す印だった。ゆえに示し終われば、解説が次へと展開するのは目に見えていた。淡々と、惜しげもなく手の内を明かしていく。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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