「折角こうして仲良くなった人ン家を、あえて舞台に借りる? 言っちゃなんだが、俺としては賛成しかねる。ことの風向きによっては、佐藤とその人との良縁ごと玉砕するかもしれない。猛犬と核弾頭を突っ込むなら、使い捨てに出来る安普請が第一選択肢だ。だろ?」
「んー。そりゃまあそうなんだけど、これ以上に好シチュエーションなとこが思い浮かばなかったし。相談したら店長さんも、困った時はお互い様だって笑い飛ばしてくれたから」
「だとしても。ほかにかまけて、みすみす友人を失うのは―――」
「それ以上言ったら、気に食わないからぶっ飛ばす」
「は?」
「あたしがあんたらに向けるせりふを、あたしのとは違う意味で、あたしに使うな。それ以上続けたら、毟って取るからね」
「毟り取るよりおっかない言い回しやめろよ。てか、どこから毟って取るつもりだよ」
そこかしこの急所をそっと手で隠しつつ、麻祈は佐藤から地味に後退した。
兎にも角にも。そちらが合意の上ならば、麻祈としてはそれ以上渋る余地もない。佐藤に促されるまま、喫茶店の最も奥まったテーブルの、出入り口に背を向ける位置の椅子に座る。
「打ち合わせ通り、あたしはあんたと背中合わせの席につく。でもって、あたしの対辺に派手カラフルな美女、あたしの左右に紫乃と華蘭、ってテーブル一辺につきひとりずつ配置するよう狙う。これが、あんたにとってのベストポジションだと思うから」
「そう思い通りに行くのか?」
「行くんじゃないかな。紫乃と華蘭とは長い付き合いだし。念のため、色々と策も講じてみた。席を先取りできるよう紫乃を早めに呼び出したりとか。他にも」
「……これも、そのひとつだと?」
ついさっき、佐藤から引っ被らされた黄色い野球帽。そのつばを、拳から立てた親指で下から突いて、彼女に示す。佐藤は、すぐそこに立ったままだ。
彼女は、麻祈と同様、そのつばへと指を向けた―――そしてつまんだそれを、麻祈以上に力を込めて、ぐいっと下に引っ張り下ろす。帽子は小児用で元からサイズが合わない上、手拭いを頭頂から肩まで垂らしてから被らされているので一層にきつい。安っぽいプラスチック線維が、きしきしとこめかみで軋んだ。
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