.声量としては、むしろ小さい。口ぶりとて、穏やかだ。それなのに、裏がある気配は無限大だ。例えるならそう、ブラックホールだ。量だの波だのなんて尺度が通用しない、ぞっとする虚(うろ)。ホーキング博士、このサイズならいつごろ蒸発してくれますでしょうか? ―――
「お久しぶりですう。小杉由紀那です。明るい時にお会いするの初めてですねー。話題が明るかったらもっと良かったんだけどー」
ブラックホールのホーキング輻射のように、含んだ気配を増大させながら撒かれていくせりふに、冗談に逃げておれなくなる。麻祈は椅子の上で、こわばった両手を腿のジーンズにこすり付けた。指の腹に汗を感じたわけではなく、汗のようにまとわりついてくる厭な感覚を拭いたかった。泳ぎ出す目も、あれこれと見積もりを試し出す思考も止められない。
(いやいやいや。いやいや。そもそも。あれは小杉さんか? 本当に小杉さんか? もっとカラッと暖色な意味で、裏表なく派手カラフルじゃなかったか? こんな―――)
「アサキングめ、にゃろう、大正解(Bull's eye)だ……派手にカラフルなところが美技な、かつ初心者(Biginner)でない派手カラフルな美女……そしてもう、なんちゅーか動詞的にも超強気(BULL)だ……そんなこっちはブルブルだ、まさしくだ―――いっそのこと、こんな正解者には景品としてアメ玉(Bull's eye)でもくれてやらねば!」
(ああ小杉さんだ。間違いなく小杉さんだ。やっぱり小杉さんなんだ)
聞こえてきた佐藤のジリ貧ボイスに言い逃れを折られ、麻祈は眉間を押さえた。頭を抱えたいところだが、帽子と手拭いが乱れるのでそれも出来ない。本当は、締め付けてくる帽子を脱いで、頭痛の元を一つでも減らしたい。前者と同様の理由で不可能だが。
どんよりと半眼になると、薄暗がりの中に、小杉とのやりとりが反芻された。つらつらと、それを追いかける。おおよそ陽気で、泣き言じみたことを吐露してくるメールさえ色合いも文面も陽気で、自由で気ままな元気さを絶やさない活発な女性だったと……今でもそう思うのだが、“だった”と過去形に置き換えてしまっている時すでにして、己の罪状は明白だ。
なぜならば、今この時に聞こえてくる小杉の声は、麻祈の知るそれと似ても似つかない陰険な攻撃性に満ちており、しかもその矛先を坂田に突き付けているのだから。
(なんてこった。アブラアゲを、自分だけに食わせろって、目の色が変わってるんだ。しかも、俺が自覚なしにぶらぶら回避し続けたもんだから、アブラアゲを食えないのはお前の悪企みのせいだって、間が悪くそこにいた坂田さんを邪魔者と決めつけて、排除にかかったんだ……先の見えないアブラアゲのぶらぶら噛み付き合戦より、怨敵を撃破する方がはっきりと成果が目に見えるから。なんてこった……どうする気だよ佐藤……どうしたらいいんだ俺……)
席に尻を沈めたまま、思考は回る。
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