「てっこつのくせに! なんでも知ってるくせして意地悪!」
「だと思うのも止めないよ~」
「なによ! もう! 葦呼なんか! もういい、由紀那とこれから盛り上がってやる!」
華蘭が捨てぜりふを置き去りにして、ばっと喫茶店の玄関にとんぼ返りした。葦呼はのらりくらりと手さえ振っているが。
出ていく直前に、華蘭に振り向かれた。
「紫乃っ! また今度ねっ!」
「あ……うん。はい」
そして、紫乃の返事もないがしろに、外へと消えた。
そうだ。これが華蘭だ。言うなれば青天の霹靂だ。どうしてなのか因果も分からないし、当人ですら自覚はないけれど、ぱっと誰彼ともなく目を眩ませて消えてしまう。何回も……今回も。
閃光に中(あ)てられた直後のように、眩暈じみた感覚にくらくらしつつ、そんなことを思っていたからか。こちらへと向き直った葦呼の表情を、上手く読み取れない。
お馴染みの、とぼけているようでいて底が知れない、のっぺりとした輪郭をしていると思えた。彼女がそういう風に取り繕っているのかも分からなかったし、自分がそういう風に分かったつもりになって片付けたがっているのかも知れなかった。
その顔が、さっと紫乃から翻って、横下に下がる。葦呼が、ずれたテーブルを掴んでいた。
「それじゃあたし、片付けたあと、店長と話あるから」
「あ」
「片づけは、あたしだけで足りるから。出る時、ドアプレートだけ裏にしてって。休憩中って表示に。頼んだよ」
物言いから感じた取り付く島の無さに、紫乃はテーブルへと伸ばしかけた掌を反射的に引っ込めた。
そうなると、もうその手は、床に落ちてしまっていた自分のトートバッグを拾い上げる役くらいにしか立たなくて。
となると、店を出るしかなくなって。
玄関先。締め切る前のドアの隙間から、そっと店内を覗いてみるけれど、葦呼は黙々と荒れた室内を整えているだけで。話があるという店長でさえその場に未登場となると、自分を引き留める要素が無いことを再確認するしかなく。
ぱたんと閉じた戸板の真ん中で、来た時は気付かなかったドアプレートは、もう勝手に『休憩中』になってしまっていた。
小杉や華蘭からあれだけ全力で叩かれれば、引っくり返ることくらいあるだろうなと思う。噂では、畳だって叩き方によっては引っ繰り返るらしいし。
(噂じゃなかった。ドラマ。江戸時代の。畳み返し)
思い違いを修正して、紫乃は身体をドアから反転させた。
一体どれくらい店内にいたのだろう?
紫乃は、ぼんやりと空を見上げた。
昼の空。そらぞらしい青空。梅雨だなんて嘘みたいな、雲のひと刷けさえ見当たらない薄ら青は、すこんと底が抜けたように馬鹿正直な一色刷りをしていて、暇つぶしの材料もみつからない。きっとこのまま午後になる。夜になる。だとしたら?
(……最近、夜ドラマって、なにやってるんだっけ?)
それくらいだ。今日からは。
どうでもよく思えたので、紫乃はその思い付きさえ、歩き出してすぐに忘れた。
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