「あなたから、頑張っているんですねって言ってもらえて。あなたから、心配していますって言ってもらえて。あなたはお医者さんとして当然に、わたしへ接してくれただけかもしれないけど。でも、わたしにとっては、それは麻祈さんだったんです。麻祈さんだったんです。だから……」
彼は、無言だった。
すぐそこに立っている葦呼と目配せすらしてくれない。つるりとした黒瞳は瞬きさえゆっくりとして、本音を目蓋で掃いてしまおうとすらしていない。見れば分かる。紫乃のような言葉が、麻祈にはないのだ。
それは、今だからなのか?
もしかしたら、最初からそうだったのではないか?
最初から―――
「わ、たしじゃ、駄目ですか!?」
奔流のようにせり上がってくるうそ寒さから逃れるように、言葉ばかりが熱を上げていく。顔が引き攣っていく。太腿を押さえつけている両腕は、指の先まで突っ張っていく。縒り上げられた涙腺から涙が滲んできた。どれもこれも、かかずらっている余裕はない。
「どうして駄目ですか!? 頑張ります! 頑張りますから、わたし! 駄目じゃなくなることが出来るように、いつか、ちゃんとなりますから!」
そうして、言葉だけが終わる。
呼吸が固まる。汗が冷える。しっちゃかめっちゃかになった喫茶店の中、ぽつんと置き去りにされた体中の強張りを持て余しながら、紫乃は怯えていた。心の底から恐怖していた。なにを訴えても伝わらない……もがいても足掻いても意味が無い……悲しんでも苦しんでも下らない―――のだとしたら、
もう、なにをされても、なにもしないで、いいかな。
そう思えた途端、半笑いになってしまった。あの時、小学校で、いじめられている最中に―――幼かった紫乃は確かに、ほほ笑んでいた。
その予感がするなんて、信じられない。
ましてや、相手が麻祈であるなど。
迸る不安から、口先だけでも紛らわしておきたい。ただそれだけで、紫乃は、言ってしまっていた。
「麻祈さん、どうして、駄目ですか……?」
「どうして?」
麻祈が、微かに口を開いた。
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