.長年染め抜いて金髪になりつつある茶色のロングヘアをはためかせつつ、華蘭がいやいやと頭を振りながら悲鳴を上げた。店の惨状は店内に踏み込んだ時点で把握できていただろうが、それでも未練たらしく横転した椅子や定位置から躄ったテーブルの脚跡に流し眼をくれてから、がっくりと肩を落とす……そこから外れて落ちかけたハンドバックの肩紐を、見もせずに中空で掴み取ったのはさすがだ。
そして、嘆息ひとつで分かりやすく落胆を終えると、どことなく項垂れていた頭を上げる。未だに残念がってはいるものの、けろっとしたものだ。悪意なく楽しんでいた悪夢が覚めてしまったとあっては、興醒めするのも事のほか早い。
「あーあ。だったら顛末聞く前に、忘れそうなこと訊いとく。葦呼なら分かるよね? ぱるどんってなに? 気をつけてね、とかそーいった系の海外のリップサービス? さっき道でぶつかるのを避けたはずみでコケそうになった時に、外人に言われたんだけど」
「ぱるどん? Pardon(パードン)なら、ごめんよ、って意味でいいと思うけど。ちょっぴりヘマしたり、ヘマしかけたら使う」
やはり平然と、葦呼。
そして、いつもながら、華蘭。
「え? ごめんよって、アイムソーリーじゃなくていいの?」
「ぶつかりかけたことに対して自分に非があるならそっちの方がいいし、自分に非が無いならExcuse me(エクスキューズミー)の方がいいかなとは思うけど。もうちょっと丁寧なニュアンスで伝えたいならPardon(パードン)になるかなぁ。多分、フランス語由来な分、プチ上品に聞こえてくれるんじゃなかろーか。まあ、どの国で誰相手にどんなシチュエーションで使うかによりけりなのは大前提として」
「へー。プチ上品―――って。ちょっと! そしたら、さっきのアレが段ってボンボンなんじゃないの!? もしかして!!」
「かぁもねぇ。ボンボンかどーかは華蘭次第だけど」
葦呼の言い草に、はぐらかされていると感じたらしい。即座に、華蘭がいきり立つ。
「はあ!? なに言ってんの!? どー考えたってボンボンじゃん! 名家生まれの大学主席の帰国子女のちょっぴり天然なチャラ医なんて! ボンボンじゃなかったらなんだってぇのよ!」
「アサキング」
「誰それ!?」
「誰かなあ。探してみたら? 見つける気があるなら止めないよ」
「教えてくんないの!?」
がびーん、という効果音が、背後に字幕で出そうなくらい……かつ、そんな時代遅れの効果音が似合うような単純明快なショックを食らったことそのものに殊の外苛立ったようで、華蘭がハンドバックをぐるぐる振り回した。といっても、小杉のようにフルスイングするでなく、縁日で買ったゴムひも付き水風船で悪ふざけしている程度だが。本当は地面でも踏み鳴らしたかったらしかったが、ぴったりとした―――しかも光沢からして伸縮性が期待できない布地の―――スカートのせいで出来なかったようだ。憂さ晴らしも未遂となり、結局は怒声に取って代わられる。
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