.開いた口が、微かどころでなく、明確に嗤っていた。なにを?
疑う余地などない。
彼の言葉が、それを裏付ける。
「どうしたところで駄目ですよ。俺には端から、どうしても駄目も無い」
―――てんで話にならない、お笑いぐさだ―――
「どれかがありさえすれば、坂田さんに責任を押し付けることも出来たでしょうけどね」
―――まさか、坂田紫乃のせいだと言われる価値くらい、あんたにあるとでも思っていたのか?
鈍臭いはずの理解が、こんな時ばかり速い。
だのに、五感に浸透してくる現実は、こんなにも遅い。
その奇妙な行き違いが、紫乃をあの笑いへと誘い出す。
いつかの、小学生だった紫乃は、そうだった。だから、大人の今になっても、こうなった。それが、どうして、こんなにも信じられないんだろう? どうして―――?
皮肉だ。紛れもない皮肉だった。己に問うまでもないフレーズが、己から問うことが出来ないフレーズと同じで、しかもどちらも向ける対象が目の前にいる。
どうして?
どうして?
どうして―――
(―――麻祈、さん)
財布を取り出した彼は、手短な詫びの文句と数枚の紙幣を葦呼へ手渡して、せめてもの傷心を贖っていた。無表情を気取った葦呼が、それを受け取る……尖りそうになる唇を押し込めて反駁を呑んでいる様子は、確実に不服そうだった。それを声にもせず、金を突っぱねもしないのは、せめてもの気遣いなのだろう。無償の許しよりも、形ある罰の方が、清算が目に見えるだけ気が晴れる―――それを受け入れ、かつ割り切っているのだ。
紫乃には、そんなことは出来そうにない。
今だってそうだ。麻祈が、葦呼とのやり取りを済ませ、こちらへと眼差しを移す。それだけで、今までに起きたすべての悪いことが、これから無かったことになる気がする。
話しかけられることを察するだけで、今までのすべてが悪夢だったことを彼が保障してくれると思えてしまう。
そして―――
「いい加減にしてくれよ。疲れる。そのツラ」
嘆息を沈み込ませた呻き声が、倦怠をくゆらせながら消えゆく時さえ、絶望できずに。
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