.遅れて、大きい板チョコのようなドアの上に吊られた鈴が音を立てた。からん……と平和な音色が、お客様がお帰りですとだけ、知らん顔して言ってのけてくる。なんて間抜けなんだろうか。ドアベルなんかに、そう思うのは―――
自分こそ、そんな間抜けだからだ。
具体的には、こういうことだ。
ひとつ。麻祈に、まるで抱き枕のように抱きつかれた葦呼が、目と口を皿のように真ん円にして張り上げた、高音域の声音。
「びっ、っっっくりしたーあ。いつから家庭持ってたの? あたし」
(なに言ってるの?)
聞き取れた言葉に、ぽかんとして、それくらいしか思えなかった。
ふたつ。支柱の葦呼から床にずり落ちながら、麻祈が口走った低音域の声音。
「持ってませんすいません嘘です。すいません。すみません。済みまセンので申し訳ありませんでしたと続けますから許してくださいごめんなさい。俺、ヘルペスとか唾液感染の持病ありませんので許してください。ごめんなさいごめんなサゥサゥリースァゥリゥィアィントウドリィアースオーゥゥ、インディード、アゥフリゥィ、ィェエグ―――」
(なに言ってるの?)
聞き取れなくなっていく言葉に、ぽかんとして、それくらいしか思えなかった。
みっつ。床に尻もちをついてへたり込む麻祈と、その真ん前でくるんと反転して能天気に片手を上げつつ意見する葦呼との、不協和音。
「いやでも最善のプランだとピンときたからこそ、こーやって、あたしも全力でびしばし横車を押したんだし」
「優しくしないで……」
「今日から、ちょーっとボロクソにコキ下ろされた噂が吹き荒れる期間はあるかもだけど、色恋に近い話題ほど賞味期限は短いから。まー消費期限はフォーエバーであるゆえに、これから生涯、都度都度、蒸し返されるだろうけどね。どんまい」
「優しくしてんのかそれはっ!?」
「優しくするなっつったから、ほどほどに疑わしい言い回しにしたのに。我儘な」
(なに言ってるの?)
なにを言っているのだろう? 一体全体、この人たちは。
そして、それは続く。
二メートルほど手前。床から、麻祈が立ちあがった。
そして、こちらに向き直って、告げてきた言葉は―――
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