「麻祈さんは、」
「は? なに名前で呼んでんの? こいつ」
「麻祈さんは、わたしなんかに、話を、訊いてくれました」
「はア?」
「そして、わたしなんかの話を、聞いてくれました」
纏わり付いてくる小杉の嘲弄を振り払って、遮二無二に言う。
「だから、今度は、わたしも、ききたいんです。どうして―――」
―――どうして、“彼”が“麻祈”なのか。
そうだった。それだけのことで始まって、こんなことにまで膨らんだ。貴重な時間は潰れてしまった……大事にされるべき感情は害されてしまった……だけでない。きっと、絶対それだけでは済まされない。分かっていた。
だとしても、止められなかった。
そして今だって、止めることができないでいる。
「ごめんなさい」
紫乃は俯いて、自分の両膝を両手で握った。
その様子を、小杉が見下ろしてきた。首を逸らし、虫でも見下ろす様にしつつ―――敢えて言うなら、蓼を食う虫を遠巻きに検分するような辛辣な好奇心を、眼光にないまぜにして。
「あんたさぁ、馬鹿なんじゃない? ってぇかぁ、夢見がち? 医大の偏差値いくつだと思ってんの? そんなののトップと話したい? 話が合うとか夢見ちゃってる?」
「夢―――見れたら良かったですよ。ほんと」
笑ってしまう。
それ自体はこれで二度目だが、今度はそんな言い逃れが通じそうもない心痛に、頬を引き攣らせて。
「顔だってスタイルだって学歴だってこんなのじゃなかったら、もっとちゃんと向き合えたかもって思っちゃいます。お医者さんに相談したいことが……なんて建前抜きに、他愛もない天気の話に付き合わせたって、気後れしなくて済んだのかなって。あなたみたく。でも、わたしには、そんなのないから……」
紫乃は、丸めかかっていた背中を伸ばした。それくらいは出来ると思った―――無い物ねだりを止めて、出来ることをする。
「ないから、ならせめて、わたしは今より、わたしを諦めたりしません」
「ハア?」
「わたしは、人並みです。喋って、喋るのが聞こえて、聞こえたら返したいと思うから。それを諦めないし―――なによりも、」
はっきりと、紫乃は告げた。
「どれも、わたしは頑張れる」
小杉は―――
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