.紫乃が腰の裏にトートバッグを落ち着けているうちに、小杉が葦呼の対面の椅子を斜めに引き出して腰かけた。癖なのか、足を組む。蹴りあげられたはずみで舞い上がった塵がティーセットにかからないか気になるが、葦呼は小杉のずり上がったスカートから覗いた太腿の白さから牛乳でも連想したようだ。頓着ない目線を、小杉の内股からティーセットへ移す。
「そちらさまは、飲み物どーします?」
「いりませーん。来る前に終わらせたいし。飲み物もそーだけど。せんせーもね」
平然と葦呼を受け流し――― 喫茶の返事のみならず眼差しを受けた素足さえ微動だにしなかった―――、小杉がハンドバッグを椅子の背に引っかけた。こちらに見せつけるように提げられたブランドのロゴは、名称なら幾らでも聞いたことがある有名店だ。お目にかかるのは初めてだが。
まるでその感想が浸透するのを待ったかのような絶妙な間を挟んで、小杉が紫乃へと横目をくれてきた。
「ねえ。もう言っちゃうけど。あたし、せんせー狙ってんの。だからアンタ、せんせーから手ぇ引いてくんない? ―――ってか、引くよねフツー? 分かんでしょ?」
狙う?
手を引く?
それが普通であると分かる?
(―――……どれも、この人は、疑ってさえいないのか)
紫乃は黙りこくって、小杉を見返した。
相手は、特に睨みを利かせてくるでもない。辛気臭い反抗くらい寛恕してやろうということか。ハンドバッグから取り出したタッチパネル式携帯電話を、色鮮やかな爪を躍らせるようにして弾く横顔は、余裕綽々に綻んでいた。
そして、それがこちらを向く。携帯電話の画面と共に。
ハンドサイズの液晶には、色とりどりの日本語と自由奔放なマークが撒き散らされていた。
「ほらコレー。せんせーとのメール。意外なイチめん♪ こんなの見せ合う仲なの。こっち。もう」
と、こちらに携帯電話を手渡してくる。順繰りに読んでいけということらしい。
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