「―――…………」
そのまま、数秒。
待ちかねたのか、葦呼があけっぴろに紫乃を探り出した。モグラたたきゲームのもぐらのように、紫乃に顔を近づけたり首を引っ込めたりしながら、ひとりごちつつ頭を捻っている。
「ほえ? あたし、なんか変なことでもした? したのは、挨拶でしょ、世間話でしょ、店内への誘い文句でしょ、服は着てるしツッカケはつっかけてるし枕のアトももーほっぺたについてないはずだし―――」
「じゃなくて」
「じゃないのっ!? アトついてんのっ!?」
指折り数えていた手を引き攣らせて、葦呼が己の両頬に掴み掛かった。驚きで顎が外れたというか、自分で自分のけしからん顎を外そうとするかのような血相で、悔しがる。
「あんなに丁寧に揉んだのにっ!? 一枚肉ならコロモつけてフライしたら、そりゃもうふにふにジュースィーなカツレツになっちゃうよってくらいふにふにったのに!? ほっぺため、あたしのくせしてこの裏切り肉!!」
「じゃなくて」
食い下がる。葦呼相手にそうするのだって、いつものことなのだけれど。
今日ばかりは、そう思えない。胡乱に、問いかける。
「葦呼、どうしてそんなに普通なの?」
「およ?」
「そんなの、普通じゃないよ。こんな騒ぎに巻き込まれて、しかもこれから面と向かい合ってって時なんだから―――普通じゃないよ。葦呼」
恨み言のひとつでもあれば、ごめんなさいと謝れる。それが普通だろうに。
紫乃は、ずり落ちかけたトートバッグを肩に掛け直した。喫茶店の軒下に踏み込んでいたため、日傘を畳んでその中に仕舞う。こんな時ばっかり、綺麗に畳めてしまう日傘が憎らしい。折り目はずれないし、留めた金具は外れない。
それを葦呼が、じっと見ていた。
「……てことは、紫乃にとって、これは異常事態なんだね。そうかぁ」
なにやら納得してから、顔の角度はやや下へ固めたまま、目だけをこちらへ上向かせてくる。
「紫乃、あのさ。アサキングと知り合ったのは、異常事態?」
質問の内容も、質問の意図も分からない。
のだが、答えまで分からないということはない。紫乃は首を横に振った。
「……ううん」
「だぁよねぇ。ふたりとも、あたしに拝み倒されて合コンに参加したんだから、テーブルで向かい合ってて知り合わないのは無理ってなもんだよねぇ」
葦呼が、うんうんと腕組みしながら大袈裟に納得した。
「じゃあ紫乃。なんやかやとあったから、あいつにお礼を贈ったのは? 異常事態?」
「―――それだって、普通……」
言いかけて、紫乃は言い直した。
「異常事態じゃないよ。お世話になったんだから、お礼するのは」
「だったら、アサキングからそのお返しに電話があって、また電話してってなったのは? 異常事態? 普通でないの?」
疑問視が繰り返される。
[0回]
PR