(どうしてそんなことを聞くの?)
まるで、おかしいのはこちらではないかと思えてくる。どこが?
電話に返信があったことか?
電話へ返信したことか?
それが、いつしか返信ではなくなっていたことか?
「普通だよ」
紫乃は、訴えた。自分のことだけであれば、譲歩して済ませることも出来たろうが。
「どれも普通なんだよ」
電話をするようになった。
電話をすると楽しかった。
電話をするのが楽しみになった。
それらを裏切ってまで保身に回る価値など、この現実のどこにもない。だからこそ、声を振り絞るしかない。
「なにが悪いって言うの?」
「だよね」
葦呼が、頷いてきた。
はっと、彼女を見る。葦呼の双眸には、上滑りしている同意も、ひた隠しにしておこうとした否定も存在しない。ただ見極めるために、紫乃を正面から見返していた。
「だったら、今のこれだって、異常事態じゃない。普通じゃない人が異常事態だって騒ぎ立ててるだけ」
言い聞かせるように、ひと言ひと言ゆっくりと呟く。今までの冗長な誘導尋問を食い千切って、噛んで含ませるように。そうしなければ通じないだろうと見越して、迷うことなくそれを選んだ葦呼が。
そうだ。葦呼がいるのだ。しかも味方で。
相槌を打つ元気が出た。
「うん」
「なら、あたしらで、あんたこそ普通じゃないって説き伏せなきゃ。これだって普通なことで、ちっとも異常じゃないでしょ? だからあたしは、巻き込まれたなんて思ってない―――って、」
と、ちっちっと葦呼が振ってみせた一本指……そこから手首に巻かれた腕時計にとまった目が、丸く見開かれた。そして、指を立てていた拳をぱっと開いて紫乃の肘あたりを掴み取ると、それを引っ張りながら、もう片手で喫茶店のドアを押しのける。
「こんなの話してる場合じゃない。急いで紫乃。華蘭の遅刻癖がどんだけ発揮されるかによるけど、まだ何分かは猶予が―――」
「あー!!」
つんのめりかけていたふたりの身体を、甲高い声が一閃した。
[0回]
PR