.携帯電話のケースにうさぎの耳が生えていたせいで持ち手をどこにすべきか一瞬迷ったものの、とりあえず無難に底辺を預かる。どうやら機種は紫乃のものと同型のようだ。言われるまま、メールに目を通す。
まず紫乃が覚えた感想は、小杉の裏表ない素直さだった。彼女のメールは、日々の回想から発展した妄想が最高潮に達した途端に崩れて絵文字や顔文字になり、妄想から連想した発案を連発しては気分の乱高下と緩急を繰り返している。長文と短文の使い分けもそうだが、色彩のインパクトで一段と分かりやすい。屈託ないとも言える。ここで盛り上がったのだろうとか、この言い方でアピールしたいのだろうとか……
だから紫乃は、麻祈のメールを通読してみても、衝撃的なことは何もなかった。あったのは、驚嘆だった。
(こんなメールも、打てるんだ……)
それはそれは色とりどりの絵文字や顔文字に彩られた、パネェー・まじでー・すっげ・やべえ、のゴージャスなカーニヴァル。
こんなところでさえ、らしいことをしていたのか。“彼は”。
「―――は? なに笑ってんのよ。あんた」
笑っていたようだ。
思わずついでに、言ってしまう。
「意外じゃないです。別に」
「はア?」
「だから……意外じゃないです。このメール。別に」
どれだけ読んでも印象は覆りそうになかったので、紫乃は小杉の携帯電話を彼女に向けて差し出した。
奪い返す様な勢いでそれをひったくった小杉の瞳が、細工されたコンタクトレンズではなく、恫喝の念で縁取られていることに気付いたのはその時だった。
「調子乗んのも、いい加減にしてよね! 電話できてたくらいで」
そして、鼻で笑ってくる。侮蔑で掏り潰した鼻息は、そこから継いだせりふまでも聞き取りづらくしていた。
「手出ししたくなるのも分かるけどさぁ? あんたみたいなボッチいOLからしたら、玉の輿って奴だもんねぇ。有名医大の主席で帰国子女、名家生まれの将来有望イケメンドクターなんて。彼ったら優しいから、あんたみたいなのの愚痴にまで、いちいち付き合ってくれちゃってくれてたとは思うけど、」
矢先。
ため息を終え、冴えた恫喝が冷えた刃先のように、喉元に突き付けられたのを感じた。
「でもそんなの、ただのお情けだから。舞い上がった勘違いとか、別ンとこでやって」
そして、それを続ける。
それを見ているのだ、自分は……
「ほら。返事は? なに様のつもり? ホント」
(本当に、―――)
それこそ、紫乃が知りたいことだ。
言うしかなくなる。紫乃は、噛み痕の消えない唇を開いた。
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