「そんなの、ホント人並みじゃん。おーげさに言うと思ったら、ナニそんな」
と、半眼になって、頬杖をついた。首を横振りして、分かりやすく紫乃の正気を疑ってくる。
「マジありえない。おだてた豚が登った木から落ちない程度にコビ売っといて、貢がせるのが賢い女でしょ。頭イイ奴が解決できなかったような深い話聞きたいとか、馬鹿よ馬鹿バーカ。聞くだけドツボなの目に見えてる。同じイイ気分にさせるなら、並んで深みに嵌って仲間意識生やすより、下手からちやほやして『わーい僕ってちやほやされるイイ男なんだねがんばるぞーう』って深みから自力で脱出させといた方がラク。絶対ラク」
「だろね」
葦呼だった。その声は。
そのことに、ぎくりとしてしまう。同席するだけで、すっかり空気と化していた葦呼が、口を開いた。その意味を深追いしてしまう―――
小杉だけが、予想外の追撃と断定して、はしゃいだ。
「ですよねー! ほら、この人だって―――」
「だから、あいつもあなたにそうしたんでしょうね」
「え?」
束の間で寝返った葦呼に、小杉の眼の色が変わる。声色までも、トーンが落ちた。
「なにそれ」
「おだてた豚が登った木から落ちない程度に以下同順」
「どうじゅ?」
「うん。相手からちやほやされる自分・それを分かってる自分・総じて魅力的な自分……それだけで充分あなたは満足できた。さすがアサキング。言い得て妙だけど、確かにこりゃあ鏡だ―――『然様でございます、お嬢様』とだけ反射してくれる、ナルキッソスを映した鏡。見方は色々あるだろけど、“彼ったら優しいから”ってのとは違うかな。野郎はモメるのを避けて、あんたが欲しがってたからくれてやってただけ。メンドかったんでしょ。口癖通り」
淡々と見解を明かしていく葦呼に、小杉の逆上が追いついていないのは見て分かった。というか、葦呼の言い分が敵味方と色分けがつかないので、逆上するにしても矛先が定められないのだろう。視線からしてしどろもどろになりながら、小杉が食い下がる。
「どういうこと。せんせーが、あたしを弄んでたっての?」
「弄ぶ? いんや。あんたにゃ最初から、期待通りの人物が期待通りに反応してくれる価値がある自分しかいなかった。だからあんたにとってのあいつは、いつまで経っても、派手カラフルなメールをするなんて意外なイチメンを持った有名医大主席で帰国子女・名家生まれの将来有望イケメンドクターでしかない。それ以外は無い。あんたにゃ絶対に無い。あいつの趣味が、夜の公園の砂場で、殺した昆虫の山にライターで火をつけることだなんて在り得ない」
直後だった。
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