「実際に在り得ねーからそんなデンジャラスゾーンの趣味!」
ばっ! と―――
葦呼の背後、モミの鉢植えの上に、大声と上半身が突き出た。さらに緑色の茂みを突っ切ってやってきた両手が、葦呼の頭蓋骨を掴む。両耳からぎゅうと握り込められて、さすがに彼女が悲鳴を上げた。
「あた」
それはもう、葦呼らしく。棒読みに、悲鳴を上げる。
だとしたら、あれは、彼らしいと見るべきなのか。
椅子の上に立って、こちらを見下ろして、薄汚い手拭いを引っ被った頭を小汚い小学生キャップに詰め込み、葦呼をホールドした両腕と右のこめかみに青筋を浮かべながら、憤激を堰き止めるのに必死で早口の震えを誤魔化し切れていない麻祈は。
「あの。俺、本気でそんな趣味ありませんので。念のため。実際の趣味は、ええと……大雑把な分野で言うと数学ですが、しかしそれがこのアマと被ったのが年貢の納め時だった気がしています今ひしひしと」
「納め時を過ぎたら延滞料金だー。カネ払えー」
言われるが早いか、麻祈が両手首を捻って葦呼を上向かせ、野次を折る。瞬時に獰猛さを燃え上がらせた面の皮を、葦呼のそれに向かい合わせて―――
まるで蛙の面に小便といった葦呼の鉄面皮に、小便を引っかけようとしたことからして馬鹿らしいと痛感したかのように、ごそっと表情を失くす。もろとも、余力さえなくしたようだ。葦呼を解放し、だらんとぶら下がった両手が、モミの茂みの向こう側に引っ込む。
ついで彼は、のろのろと椅子から降りて―――やはり葦呼の真裏の座席で中腰になっていたらしい―――、こちらのテーブル席まで回り込んできた。ありがたいことに、彼の自前と思われる服装は、ごく普通のニットソーとカーゴパンツである……そんな場違いな感謝の元凶となった通学帽と手拭いといえは、もう頭から外されて、片手に纏めてあった。くりんくりんと首を回して具合を確かめ終えた葦呼が席から立ち上がると、まるで自然な仕草で、その扮装のふたつを彼から受け取る。それを、麻祈が見ていた―――葦呼から見返されて、そのままふたりで見詰め合う。
そこに勘繰ることが出来るような空気感でもあればよかったのだが、隣り合ったふたりの眼差しには目論見が成功した共犯者たちの満悦もなく、どちらかというときょうだいのように似通った虚無に満たされていた。写し取るために、からっぽの瞳。黒目の濃さが違うからだろうが、麻祈の方が、より虚深く。
それが静かに、紫乃へ向けられた。
そこに映り込むのが怖くて、顔を上げられなかった。
だからこそ小杉が自席から飛び上がった時、紫乃は彼女の動向を注視するより他なかった
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