いつもそうだった。
どうしよう。それを考えてしまって、動けなくなる。
どのように動こうか思案しているのではない―――自分が動くことで、なにかとんでもない事態の引き金を引いてしまう気がして、その空恐ろしさに立ち竦んでしまうのだ。誰かの足を引っ張ったらどうしよう? 誰かの邪魔をしたら、どうすればいい?
ごめんなさいと先走って謝罪するのが、いつしか癖になっていた。
「ほら。謝るくらいなら反省して次からしない」
いつだって姉はこうだ。
「ぬぁーにシケってんの? んなことよりカラオケの料理に新顔入ったんだってー! 行くよねこれから?」
これに肩タックルがつくのが、華蘭らしい。
「紫乃のそれ。原罪の観念から宗教色を抜いた感じ」
葦呼らしい言葉は、分かったことがない。
だから、今になっても考え続けているのもしれない。
「ただし、キリスト教と違って、あんたしか信者はいない。その呪文で救われるのは、あんただけ。教祖になるなら狂わないでね」
ごめんなさい。
今日までずっと、謝り続けている。
口癖を焦げ付かせた唇はまるで消しゴムだと、他人事のように思う。
噛んでも痛くない。噛み締めても味はない。ただ、用がある時に使って、無用なら顧みない。無いと困るし、汚れが気になれば拭き取るけれど。そんなもの。
そんなものではなかったことを、今は知っている。
落涙と嗚咽を、もろとも噛んだあの夜から。紫乃はそれを知ってしまっていた。
そして、そのことに慣れていたことにさえ気付かずにいた。
無知にも。無恥にすら。
気付かないまま。今日まで来てしまった。
「ごめんなさい」
そうやって、ひとつまたひとつと口癖を持て余しながら、紫乃は連日電話を聞く。華蘭から。華蘭から。葦呼から。華蘭から。
―――最後のそれは、このように、葦呼から。
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