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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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. 迷惑、こんな程度、みじめ、なにもできない、どうしようもない。それらを、ウツと記した片仮名を中央に据えた関連図として、メモ用紙に書き留めていく。着々と、ケーニヒスベルクの橋を思わせる図表が白紙を侵食した。

 それを、麻祈は見詰めていた。

「ごめんなさい。迷惑ですよね。疲れてるのに、こんな話。やですね。気にしないでください。変なの。こんな、しみったれちゃうなんて、あたしも疲れてるみたい―――」

 耳から沁み入る声は震えている。つかえて先に進めない。それは自分の非であると、彼女は謝罪を繰り返す。

 それこそが誤りであることを、彼女は知らずにいるからこそ。繰り返す。

 よって麻祈は、それを告げた。

「嘘ですね」

 告げ続けた。

.

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「お礼だという品、佐藤から確かに受け取りました。ありがとうございます。わざわざ、俺が好きなものをお探し戴いたようで」

「いえ、そんな」

「俺、こんな大層なものに見合うだけの働きをしたつもりもありませんがね」

「謙遜しないで下さい。とんでもないです……」

 その滑舌から判断し、麻祈は was sleeping? と、のたくった筆記体を二重線で潰した。続ける。 

「はは。謙遜なさっておいでなのは、坂田さんの方でしょう。働いた度合いからしてみると、俺からお礼の品でも贈るべきかもって思うくらい、面映ゆいことをなさったんですから」

「そんなことないんです」

 声質が、変わった―――深く、暗く。

 集中すべく、麻祈のペン先が止まる。頭頂からタオルがずり落ちた。背中側にだ。筆記に支障をきたさない。無視する。聞き返す。

「坂田さん?」

「わたしなんか、……―――」

 そこで彼女は、踏みとどまるつもりだったのだろう。ぐう……と、咽喉が嚥下した鳴動の音が、受話器の向こうから、麻祈の聴覚をかすめた気がした。なにかに、記憶が届きかけて―――

 突如として情念を決壊させた坂田の涙声に、遊離しかけていた思索が引き戻された。

「わたしなんか、ほんとに迷惑なだけなんです。こんな程度で、みじめで、なにも出来なくて、どうしようもなくて……」

(これは本物だ)

 直感する。麻祈とて佐藤と同様に精神科の専門でないが、彼女と同じく日本的医大の全科目を修業した身である。加えて、不意打ちの診断名を告げられた患者の急性ストレス反応を幾パターンにも渡り目にしてきた蓄積もあれば、それなりに対処を施してきた実績もあった。デフュージングなど語るのもおこがましいとは言え、もうこうなったら見殺しに出来ようはずもない。

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. 名残惜しくも内なるどよめきが治まってのち、麻祈はグラスを卓上に戻した。と、その定位置に放置していたソムリエナイフのことを、そいつにグラスの底でノックしてから思い出す。そのまま二連打して相手をわきへ追いやり、グラスをいつものように落ち着けた。返す手で、パソコン横のメモ用紙の上から、携帯電話を取り上げる。ふたつ折りを開いて、小杉からの膨大な着信メールは見なかったことにしつつ着信履歴を辿り、そのひとつへとリダイヤルをかけた。

 呼び出し音が長い。留守電に繋がったと思った。矢先、物音が切り替わる。

 録音機能ではなく、そこに感じる人の気配へと、麻祈は話しかけた。

「もしもし。こんばんは。坂田さん」

「あ、さきさん?」

「―――ええ。麻祈です」

 坂田の声の、まにまに頷く。

.

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. 午後過ぎから急転直下に仕事が立て込んだので、麻祈が電子カルテの他職種記録に目を通し終える頃には、十九時を回る勢いだった。それから懸命に業務を終えて、自宅での食後の片づけを省くために院内購買のしなびた稲荷寿司と即席スープで夕食を済ませ、ついでに歯磨きもしてから帰宅する。その気になればシャワーを浴びていくことも可能だったのだが、以前やらかしたヘマを思い出すと、どうしても自宅で風呂に入りたかった。いい歳こいて、慣れないことに余裕をぶっこくものではない。

 そして、それも済ませた二十一時過ぎ。麻祈は、濡れ頭にタオルを引っ被せたまま、自室の椅子に座った。背もたれが骨盤までの高さしかない痩身の折りたたみ椅子は、ぎしりとひと声の不満を一閃させると、いつも通りに彼の肢体を受け入れる。スリッパから両足を引き抜き、一升瓶やウイスキーボトルを蹴り飛ばさない動線で、脚線を組んで―――右の股関節は痛まなかった―――それをほどく。自前の占いは大吉と出た。縁起がいい。

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「あなたは疲れてるんじゃなく、傷ついている。俺にはそう感じます。であれば、それは愚痴ではありません。だったら、俺に聞かせてくださいませんか?」

 手から、意識して力を抜いたのに、震えは一向に治まらない。

「坂田さん? 坂田さん。どうしました? どうか、したんですか? 坂田さん」

 脱力した手の戦慄(わなな)きが増していく。

 どころか、唇も震えてきた。前歯で噛む。喉まで震えた。飲み込む。生唾の一滴も嚥下していないのに、こみあげてくるものを感じていた。胃袋よりも下にひそんだ、底知れぬ胸の奥から……さらには、眼窩から。

.

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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