「だろね」
一部始終を聞き終えた葦呼がしたのは、感嘆符さえない得心だった。
(まあ、そうじゃなかった時も思い当たらないけどね……)
とまあ、葦呼に対する紫乃の反応も、いつもと五十歩百歩と言われればぐうの音も出ないのだけれど。
携帯電話を持ち直して、紫乃は髪をかき上げた。もう目に入るまで伸びた前髪が気掛かりではあるものの、どうしても美容院に行く気になれないまま今日まで来てしまった。原因は分かっている。あの日まで、一刻も早く伸びてほしいと願っていたからだ―――憧れるだけだったヘア・アレンジをして、あの日は出掛けたかった。特別にする要素を、ひとつでも増やしたかったから。
自宅、自室、ベッドの上。紫乃は掛け布団の上で腹這いになったまま、こっそりため息をついた。口の中に篭もっていた生温い体温を嗅いで、ものすごく嫌になる。初秋の気配が、心地よい涼しさに取って代わるのは、もう少し先だ……念のため長袖に衣替えしてしまったパジャマは、やはりまだ鬱陶しくて肘まで折り上げてしまっていた。
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