「だろね」
一部始終を聞き終えた葦呼がしたのは、感嘆符さえない得心だった。
(まあ、そうじゃなかった時も思い当たらないけどね……)
とまあ、葦呼に対する紫乃の反応も、いつもと五十歩百歩と言われればぐうの音も出ないのだけれど。
携帯電話を持ち直して、紫乃は髪をかき上げた。もう目に入るまで伸びた前髪が気掛かりではあるものの、どうしても美容院に行く気になれないまま今日まで来てしまった。原因は分かっている。あの日まで、一刻も早く伸びてほしいと願っていたからだ―――憧れるだけだったヘア・アレンジをして、あの日は出掛けたかった。特別にする要素を、ひとつでも増やしたかったから。
自宅、自室、ベッドの上。紫乃は掛け布団の上で腹這いになったまま、こっそりため息をついた。口の中に篭もっていた生温い体温を嗅いで、ものすごく嫌になる。初秋の気配が、心地よい涼しさに取って代わるのは、もう少し先だ……念のため長袖に衣替えしてしまったパジャマは、やはりまだ鬱陶しくて肘まで折り上げてしまっていた。
あの日、帰宅した紫乃は、麻祈に電話をかけようとした。無事に自宅へと到着したことを知らせたかった……ただし、それだけじゃないだろうという下心と、それだけじゃ済まなくなるだろうという予感をどうしても黙殺できず、電話がかかってきたらすぐに反応できるように肌身離さず持ち歩きながら夜更かしした。丑三つ時を超えても麻祈からの連絡はなかった。次の日になって、次の週になる頃、紫乃は迷った挙句に葦呼へ電話した。
いつものことだが、直通することはなかった。
(……なんでよ。葦呼ばっか、いつも通り)
こんな時までも。
腹が立って電話を切ったが、それはそれとして、何回か留守番電話を介してから、ようやく葦呼と通話できた。その頃には、八つ当たりも風化していたので、普通に話せた。
紫乃は麻祈に逢った旨と、その際の体調が目に見えて悪かったことを呼び水にして、あの日以降の彼の様子をそれとなく聞き出そうとした。搦め手から、それとなく。
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