, 見るだに、坂田が慌て出す。巣穴から出たプレーリードックを思わせる様子で、ぴんとした背に自らせっつかれたように目をしばたいていた。なにより、野生動物のように瞳が正直だ。割り感がどうかしたのかと、魂胆から窺っている。だけ。
だからこそ苛立ちが加速する。
「俺が出して当然だとは思わなかったんですか?」
「思いませんよ! そんな!」
坂田は声を跳ねさせて、実際につま先でも伸びあがってみせた。
「わたしは麻祈さんと食事を楽しみに来たんです。麻祈さんに食事を奢ってもらいに来たわけじゃありません」
言ってくる。まるで、佐藤のようなことを。佐藤でもないくせして。
麻祈は、財布も小銭も一緒くたにポケットへとねじ込みながら、唇を曲げた。
「そうですか。でしたら、どうぞ。ご勝手に」
そこにきて、坂田の黒瞳が、その髪の色よりも深い濡羽色を滲ませたのが分かった。迷いを湿気らせた曇りだ。急転直下に不愉快になっていく麻祈の振る舞いに戸惑い、態度を決めかねているようだ。
(さっさと決めてくれ。なんでもいいから)
愛想を尽かすのでも、逃げ出すのでもいい。疲れ切った身体は次なる休憩として睡眠を欲しているし、院内ゴシップ的にも路上でぐずぐずと立ち尽くしているのは褒められたものではない。
それなのに、坂田の双眸は見つめるほど、彼女から逸らされることはないのだろうと思えてくる。
その予感にこそ耐えられず、麻祈は坂田に背を返した。
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