「俺のことは、別に構わなくていいですから。それより坂田さん、怪我とかしませんでした?」
「し、てません」
「ならよかった」
ほっと吐きかけた呼気が、喉に詰まる。坂田が、今も息を呑んだままだったから。
ただただ平身低頭するしかない。
「すみません。すみませんでした。ほんと。おっかしいなぁホント。見当識障害? たったの焼酎一杯で酔いどれ幻視(Pink elephants)がお出ましなんて、いっくら疲れてるにしても、俺のくせして、どうしてしまったんだか。トシですかねぇ。はは。あはは」
やっとこさ、ぎくしゃくと坂田が口まわりを引き攣らせた。道化を憐れんでくれたように思えた。
情けなく、それに縋って道化を続ける。うすら笑いをぼかした面の皮は、重ね張りするほど不自然になると分かってはいたが、そうすることで得られる安上がりな安心感を手放せなかった。
「帰りましょうか。そろそろ」
「はい……」
暗闇の中で、俯く坂田。流れた黒髪に隠され、表情は分からない。
それにつけこんでしまう。またしても。
「バスに乗るまで送らせてください」
それから、だんまりしたまま、坂田と歩いた。
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