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きみを はかる じょうぎは ぼくに そぐわない

 本作品は書下ろしです。また、この作品はフィクションであり、実在する個人・地名・事件・団体等とは一切関係ありません。


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「名前の漢字だって佐藤さんから聞いてますよ。布地の『麻』に、祈祷の『祈』でしょ。他に知ってることも教えてあげましょうか? 日本を住処にした理由は水と茶と酒が旨いからだとか、ひとり暮らしの部屋選びの譲れない条件はインターホンの音だとか、」

 目蓋を開く。従業員が、新たなビールを運んできたのを察したから。

 麻祈は相手がグラスを配膳するのを待たず、その手からビールを横取りした。のみならず、そのまま口をつけて、胃へと液体を流しこむ。ニガしょっからい麦ジュースなど飲みたいはずもなかったが、今はそのひと口を飲み下す都度に内臓が軋む音こそを鼓膜が欲していた。

 中ほどまでグラスが空き、消化管の蠕動が次段階へシフトしても、陣内の話は終わらない。

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「ああ失敬。とても意外だったもので。まさか陣内さんが、男のことに暗記力を割くとはね。―――覚えておいでだったんですか。俺の名前」

 対する陣内は、そうした麻祈の豹変ぶりにこそ、興が乗ったようだった。ヌカに釘だった相手が反応したのだから、どこまでヌカでないのか確かめたくなるのも当然だろう。実際、陣内は顔つきと声に釘程度に尖ったものを含ませながら、口の端を上げた。

「よく、覚えておいででしたとも。あ・さ・き・さん」

「あさきさん?」

 と。

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「分かった。空気読んだんだ。めっずらし。学会とやらに行った時も、後輩ちゃんに、そんくらい読んでやったら良かったんじゃありませんかぁ?」

「えー? 学会って? すごぉい」

 女性のひとりが、口許を手で覆いながら歓声を上げた。それに、訝しむことしか出来ない。すごい。凄い? 確かに今回の数学学会―――の、あえて言うなら複素関数とランダム行列について―――は格別だった。だったが、それを理解しているなら、なぜ『学会』そのものに『?』がつく?

 そうやって意識を場へ向けざるを得なかったことを、直後に麻祈は呪った。

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(いくら好きでも厭きないか?)

 右隣の陣内と、彼の向こうに続くふたりの男を見やる。が、どいつもこいつも、悪くない、といった顔つきだった。期待が濃くなり真剣味が増した横顔が、表面的な笑顔にアルコールを注したせいで、勝てる勝負に挑む博打屋を思わせる半笑いになっている。下品だろうか? 好戦的だとは思えた。

 麻祈はと言えば、良いも悪いもない。厭きる・厭きないといったレベルにすら達していない。好きも嫌いも介在しない。なあ、加入儀礼(イニシエーション)をどう思う? ヘボが。思うもなにも、割り当てならこなすもんだろう―――

 自己紹介。相槌。相槌のような感想、あるいは感想のような相槌。求められた時に求められた最低限だけ輪に加わりながら、麻祈は淡々とビールグラスを干した。

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. 某日職場。よーアサキングぅ元気ぃヒマしてるぅって前置きすんのもアホくさいからついでに建前も抜いちゃうけど医者がいると女性陣がランクアップするから今度の合コンに例の彼レンタルさせてくんないって拝み倒されてしまいましたので生贄をお願い出来ませんでしょうかキング。と、ひと息に読経した上、椅子に腰かけたまま目からウロコを落とすだけの麻祈の肩まで揉もうと背後に回りすらした佐藤の境遇に同情せざるを得ず、懇願を承諾した。これで四回目だ。陣内と顔を合わせるのも同回数である。陣内の連れてくる男の顔触れは毎回違うが、麻祈とは毛色が違うという本質は同じだ。社交辞令以外のやり取りなど成立しない。させようとも思えない。一度試しただけで懲りた。増税には目くじらを立てるくせして、日本国の税制制度の不備について議論するのは嫌だと―――何故かひどく婉曲に―――言う。意味不明だ。数学的でない帰納法にしても穴がありすぎる。

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プロフィール

HN:
DNDD(でぃーえぬでぃーでぃー)
年齢:
17
性別:
非公開
誕生日:
2007/09/09
職業:
自分のHP内に棲息すること
趣味:
つくりもの
自己紹介:
 自分ン家で好きなことやるのもマンネリですから、お外のお宅をお借りしてブログ小説をやっちゃいましょう(お外に出てもインドア派)。

 ※誕生日は、DNDDとして自分が本格的に稼働し始めた日って意味ですので、あしからず。

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