「分かった。空気読んだんだ。めっずらし。学会とやらに行った時も、後輩ちゃんに、そんくらい読んでやったら良かったんじゃありませんかぁ?」
「えー? 学会って? すごぉい」
女性のひとりが、口許を手で覆いながら歓声を上げた。それに、訝しむことしか出来ない。すごい。凄い? 確かに今回の数学学会―――の、あえて言うなら複素関数とランダム行列について―――は格別だった。だったが、それを理解しているなら、なぜ『学会』そのものに『?』がつく?
そうやって意識を場へ向けざるを得なかったことを、直後に麻祈は呪った。
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「この先生さぁ。こんな名前してるけど、ホントは生まれも育ちも海外で、英語とかペラペラなのよ。なのに医者の学会で後輩とヨーロッパ行ったら、途端にちっとも―――」
「こんな名前?」
声を上げてから―――
まず痛感したのは、話を中座させるのに用いた手管の浅はかさと、そうしてしまった浅はかな己への嫌悪だった。だが同じ嫌悪感なら、陣内へのそれの始末の方が先決だ……どうせ自分自身とは死ぬまで付き合わなければならないのだから、そちらは死ぬまでのいつかに始末すればいい。
手にしていたフォークを皿に添え、麻祈は空手を臍の前で組んだ。そうした指の塊は、死んで丸く絡まりあった蜘蛛の足を思わせる。腹の虫も、治まる際は、こんな間の抜けた死に体をさらすのか?
嗤う。鼻で。
椅子の背もたれに上体を伸ばしつつ、麻祈は陣内へと目玉を巡らせた。
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