「ああ失敬。とても意外だったもので。まさか陣内さんが、男のことに暗記力を割くとはね。―――覚えておいでだったんですか。俺の名前」
対する陣内は、そうした麻祈の豹変ぶりにこそ、興が乗ったようだった。ヌカに釘だった相手が反応したのだから、どこまでヌカでないのか確かめたくなるのも当然だろう。実際、陣内は顔つきと声に釘程度に尖ったものを含ませながら、口の端を上げた。
「よく、覚えておいででしたとも。あ・さ・き・さん」
「あさきさん?」
と。
.
突拍子なく上がった声へと、麻祈は顔を向けた。窓際の端の席にいる自分のちょうど対角、廊下に接した席の末端。そこに座った女性である。目が合う。すると彼女は、ぱっと手をお手上げに固めた。自分の手の甲に両肩を打たれて、その髪と首飾りが跳ねた。
尋ねるしかない。
「それがなにか?」
「あ、はい! いえ、いいえぇ!」
「……ああ、そう(Could be.)……」
要領を得ない返事に、口の中だけで―――だからこそずぼらに英語のまま―――応答しつつ、
(強盗か俺は)
気が滅入る。
ぶんぶか首と手を振る彼女のモーションは、まさしく、目出し帽と拳銃を備えた悪漢を前に「ノーノー」と言い出した、はぐれ日本人旅行者のそれだった。いつの間にか、女性を生理的に脅かすレベルの目つきとなっていたらしい。彼女から顔をそらし、麻祈は悪逆の双眸に瞑目を課した。
どっちみち、そうするのこそ今は適切だ。陣内の話は続いている。目は口ほどに物を言う―――
[0回]
PR