. 正義とは平等と公平である。
それは大昔に手に取った、日本の看護学生用教本で目にした記述だ。
なら時空と物理法則が正義か。その時、麻祈はそう思った。
こんな時にも、それを思い出す。滞りなくテーブル会計を済ませていくスタッフに感謝しつつ、自分は自分で役割を果たすしかない時だ。これを終わらせれば時は過ぎると念じながら、言われるがまま金を払い、乞われるまま携帯電話を操作した。なにをどうやったのか詳しく覚えていない。必要なら陣内とショートコントだってやったろう。さっさと手を切りたかった。一刻も早くそうできるなら、なんだってやっただけだ。
真っ先に席を立ち、椅子の背から引き抜いたジャケットに袖を通す。
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「皆さん。今日はありがとうございました。俺は、これでお暇させて戴きます」
麻祈は服をはたいて、所定のポケットに所定の私物が収まっている感触を確かめた。そのセルフボディチェックの物音が、女性からのブーイングのユニゾンにかき消される。
「えー? 先生もう帰っちゃうんですかぁ? つまんなーい」
「行きましょうよー。二次会」
(―――って、お世辞が出るってくらいには成功か。今回は)
やっとこさ実感して、胸を撫で下ろす。少なくともこれは、このまま恙(つつが)無く終了を迎えることを参加者が無念がる程度に、魅力的な社交の場となったという証拠だ。であれば尚更、麻祈を引き留めたくなる気持ちも分かる。パンダを失くした動物園が、これから自前だけで盛り上がれる保証はどこにも無い。
それを正直に態度に出している急先鋒は陣内だった。彼は麻祈に続いて席から立ち上がると、二次会の手配をし終えた携帯電話を片手で弄びながら、充血した目をこちらへ定めてくる。ひっく、と呼吸を乱れさせる都度、微妙に麻祈本体からズレたが。
「そうですよ。来たらいいじゃないっすか。総合病院の勤務医って基本土日休みだって、佐藤さんから聞いてますけどぉ?」
(あの馬鹿正直。どこまでも)
心中で佐藤の両頬に赤マジックでナルトを書き殴りながら、麻祈は募りゆく鬱憤が表情筋まで伝染しないよう細心の注意を払っていた。佐藤のことだ。悪気なく、悪気のない老婆心もなく、必要な情報を提供せよとの陣内の手八丁口八丁に論理的破綻が見当たらなかったので、訊かれるまま答えたのだろうが……
(嘘も方便ってのを体得してないお前こそ、正直者の馬鹿を見やがれ)
ハートの中で赤マジックの二対のナルトにライオンのまるいタテガミをプラスして花丸にしてやりつつ、現実的には麻祈は再三の辞去の礼を述べていた。
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