「よろしかったら、一緒に行きませんか?」
「え? あ、そんな……―――はい。すいません」
彼女はいったん身を引く様子を見せはしたものの、突如として物陰から中年男がふらつき出てきたのを目にして、ぎょっと意地と遠慮を呑み込んだ。自分からすれば、それは単なるワンカップを持った飲んだくれだったのだが、繁華街慣れしていない女性からすれば、害意に漫(そぞ)ろとなった殺し屋がブラック・ジャックを携えてお出ましになったワンシーンに匹敵したのだろう。殺人代行専門業者(Job killer)が、そんな非効率的な凶器をわざわざ選択するシチュエーションなど考えつかないとしても、問題はそこではない。
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酔っ払いの千鳥足を一瞥して酩酊具合を測ってから―――やれやれ職業病ってやつは―――問題なさそうだと診断をつけ、麻祈ははぐれ日本人旅行者へと視線を戻した。彼女の目に住み着いた酒による朦朧が、如何程(いかほど)のものかを把握しておく必要がある……付き添いでなく介添えが必要な可能性は、さて如何程か?
然程(さほど)でもない。そう診えた。まあ、potty(いらんことしい)なのは俺こそだけどな、と、ふと得た多重多国籍ギャグは捨て置いて、彼女への呼びかけを口に出す。
「なら、行きますか」
「あ、ありがとうございます!」
「こちらこそ」
今度は、ふたり並んで歩き出した。
駅に隣接した界隈とは言えど、地方都市が寝付くのは早い。夜半を待たずしてほとんどの公共交通機関が営みを終えるとなれば、それに頼る人々の足並みも順応せざるを得ないし、それが主流となれば傍流も自然と追従していく。歓迎会などの特例が頻発する時期でもないとくれば、すれ違う通行人が疎らだったところで疑問も無かった。聞こえるのは雑音、見えるのは日常、とっくに体臭も腐臭も流れ去った暗がりの路地は鼻腔にすら存在感を無くし、緊張感をばらけさせながら麻祈が歩を進めたとしても、問題は存在しない。
ただし余裕とは、思索を一段とリベラルにする。
逆らわず、麻祈はそれを―――いずれ絞め殺したくなると分かっていながら―――詩人に任せた。
そうすれば、通り行く誰もが、はぐれた旅行者に見えた。誰も彼もが、休みゆく街からはぐれ、一刻も早い合流を願いながら旅路を急いでいる。ふと、近づいてくる自動車運転代行業者をあしらうスーツ男の物腰に、異国の父を想起した。彼は容姿が容姿ゆえ海外からの旅行者と混同されることが多く、遠出すると必ず乞食や押し売りにたかられていた。獲物だと。集団からの、はぐれ者だと。
ハグレモンって言うとモンスターみてぇだな。はぐれ者。
「あ」
意図無く思い出してしまった代償として、呟いた麻祈は立ち止まらざるを得なかった。
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