「あちらの方が、お姉さんですね。引きとめてしまったようで。申し訳ありません」
「いえいえいえ! とんでもないです。わたし、行き先が一緒の人がいて安心したんです。本当に」
「それは良かった」
これまた忙しなく手を振り頭を下げてくる坂田が落ち着くまで待ってから、麻祈は別れを口にした。
「それじゃ、お疲れ様でした」
背を返し、そのまま歩いていく。乗車するまで見届ける必要も無かろう。ここは日本だ。
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いつもの早足を取り戻して、駅から離れていく。用事は済んだのだから、あとは帰って寝るだけだ。腕時計を確かめると、道草を食っても明日に皺寄せはこない刻限と思えたが、今は一秒でも休息に費やしたい気分だった。
顔を上げる。星空が美しい。夜気は心地良い。駅まで回り道した分だけ自宅までの距離は伸びたが、春を控えた季節の夜歩きは、決して悪くない。
途端、その中に紫煙を嗅いで、水を差された気分で足が止まる。通りすがりのホタル族を探すが、見当たらない。が、そうして頭を振れば、原因は見つかった。
(俺の髪か。陣内さんからうつったな。まあ、改めてシャワーするほどでもないだろ。明日、休みだし。歯ぁ磨いて寝よ……)
そして歩き出そうとしたところで、携帯電話からメールの受信を告げられ、またしてもつま先を挫かれる。
破れかぶれに、麻祈は携帯電話を取り出した。ふたつ折りタイプのそれを開き、該当画面を確認する。そこに表示された名前と内容によっては、くたばれとでも親指を地に向けて憂さを晴らすつもりだったのだが。
(誰だこれ?)
タイトルに記されたのは、記憶に無い名前だった。
と断定していいものか、それすら定かでないと言うのが実情だった。不審を堪え切れず、それを読み上げる。
「『ゆっきーな。だよ』」
数秒を待つ。文字が声に変わって頭蓋に木霊したところで、海馬からの応答は無い。
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