(……なんか既知感あるな。この感じ)
ハイスピードなやりとりに、大学時代、試験直前になっては複数名の同級生から泣きつかれた記憶が蘇る。大体三人くらいが常連で、五人前後が科目によって入れ替わるのが常だった。実は麻祈が、試験そのものよりも、彼や彼女らへの傾向と対策に苦慮していたとは、誰ひとりとて気付いておるまい―――特に、当のそいつらは。
.
連中は、通話料よりメールの方が安く済むし麻祈に家庭教師までさせるのは忍びないというが、メールで勉強を教えるのは家庭教師を気取るより格段に難しいことをこれっぽっちも分かっていない。顔色も声色も読めない場所から同時並行して複数人の理解度と習熟度をはかるのがどれほどの至難の技で、携帯電話で解説文を打つのが直接トークするよりはるかに時間と手間と忍耐を要するということを、経験していないから知らないのだ。よって、面と向かって会話しているだけ聖徳太子の十人問答の方が桁違いに容易いことを理解できない。だからこそ、過去問の答えを教えてくれとの連絡に、マルバツさえ教えればあとは自分で正誤を勉強してくれるだろうと早合点してマルバツの配列だけメールしておいたら、そいつは試験本番で本当に暗記した順番通りにマルバツを回答して赤点を取るといった行き違いが勃発するのだが……
大惨事に燃え尽きて真っ白けなそいつの横で、泣きつくなら今こそ直にここへどうぞと己の胸骨の中央を二本指でつついた過去が脳裏を横切って、麻祈はがっくりとめげた。
「めんどくさ」
分かっている。面倒臭いのは、そういった過去でも、過去の連中でもないことくらい。
だからこそ、決まり文句にリピートがかかるのだ。己の唇は。
「……めんどうくさい」
身体だけでもすっきりするつもりで便所を済ませて寝床に戻ってきてみると、またしても六通のメールが到着していた。見てみると、無視を疑うものと、眠ったのか探りを入れるものと、オとヤとスとミだ。なぜ六通で来る?
疑念は残るとしても、相手の勘違いは六通のメールに目を通すだけの価値があった。財布やキーチェーンもろともサイドボードに置いた腕時計をみる。が、時刻は問題ではない……明日は休みであり、午前六時前に起きずとも良いことを確認したかった。予定は自分のものしか入れていないので、昼まで惰眠を貪ったところで、いくらでも調整が効く。はんなりとした幸せを甘噛みしつつ、麻祈はいつものように目覚まし機能をオフにした携帯電話を枕の下に敷いて、眠りについた。
夢は見たかもしれないが覚えていない。
[0回]
PR