(……まさか。羽歩(はあゆ)?)
音信不通記録を随時更新していく実妹すら疑ってかかるが、表示されているメールアドレスは日本式だ。それ以前に、いずれ嫁に行く身だから余計な世知を吹き込むべきでないとの祖父の癇癪に則って日本へ引き取られたというのに、懐古旧態然とした段―――麻祈の苗字だ―――家の家風に真っ向から対立する性行のまにまに成長し、実父の方針により長期休暇のたび日本へ滞在させられた麻祈のリラックスタイムを己のスパルタ教育の滋養へと徹頭徹尾バキュームした挙句、大学も就職も欧米をもぎ取った彼女が自らの愛称として「ゆっきーな」をチョイスする日が来るなぞ、気象予報庁が「明日は日本全国で亀が降る空模様となるでしょう」と公式発表する並みに在り得ない。
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が、それは逆に言えば、雨と亀を言い間違えるくらいの確率で引き起こされたハプニングであるとも考えられないか? どこまでも差し引いて考えるのは悪癖だと分かってはいたものの、ここで無視して後悔する事態に陥ったなら、それこそ後始末が二重に面倒臭い。後悔する事態を片付けつつ、またひとつ見つけた己の汚点に苛まれるより、きちんと今ここでケリをつけておくべきだ……
受信したメールを開封する。そして、反射的に携帯電話をぱたんと畳む。
「………………」
理解の追いつかない状況が続いている。
なら把握すべきだ。少なくとも、可能であるなら、それを試みるべきだ。麻祈はもう一度、ただし今度は路傍に向けて、畳んでいた液晶画面を開いた。ぱっと光が咲く。目潰しを食らわせてきた、かつて見たこともない極彩色が。
覚悟を決め、自分へと携帯電話を翻す。やはり見間違いではなかった。赤、黄、橙、パッションピンク―――眼球に鈍痛を錯覚させてくる蛍光色のつぶつぶが、うにうにと落ち着きなく自分勝手にうねっている。そのアクセントのように、まばらな日本語が散りばめられていた。
平仮名ばかりで暗号もないのに読み解くのに時間がかかるという謎の状況に眉根を寄せながら、麻祈はようやっと画面のスクロールを終えた。どうやら送り主は先ほどの合コンの参加者のひとりのようで、今回の催しに満足した感謝と、現在進行形の二次会の感想と、そこへの麻祈の不参加を惜しむ心境が綴られていた……まあ恐らく、この七連続した下向きの寒色矢印(無論のこと動く)が落胆を意味しているならそうだ。
(あれ。あるじゃん。暗号)
今更気付くが、解けてしまったものはどうでもいい。
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