「皆さん。今日はありがとうございました。俺は、これでお暇させて戴きます」
女性と交換したアドレスを確かめるでもなく、畳んだ携帯電話をボトムスに突っ込んで。自然なタイミングで、麻祈が席を立った。彼女らの引き止めようとする懇願も、彼の退出路を自然に塞ぎながらの陣内の夜遊び勧誘も、蹴るでもなければ従うでもない……つまりは、聞いて、聞き入れて、聞き入れたものを聞き流した。上着を正して椅子を整え、今回の夜会の同席者への感謝を、言葉と仕草で手向ける。
紫乃はと言うと、やはり彼のようにスムーズにはいかなかった。慌てて席を立ってコートを着込み、陣内へと小ぶりに挙手をする。
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「すいません。ごめんなさい。わたしも、これで」
「そっすか。残念」
「すいません」
首を引っ込めるように茶目っ気たっぷりに笑いかけてくる陣内に、気を悪くした様子はない。その寛大さに甘えているような後ろ暗さに、紫乃は謝罪を重ねた。大勢を二次会へと先導するのに忙しい彼は、それを聞いている様子ではなかった―――実際、紫乃ではなく、とっくにグループの方へと身体を反してしまっている。が、それでも誠意だけは、言葉にしなければ伝わらないのだから。再度、口を開く。
のだが、それ以上の数と勢いで、そちらメンバーの口が大きく割れた。
「じゃー脱落者は置いといて。残りの皆さんで夜の街へゴー!」
「ゴーう!」
それを、見ているしかない。自分はもう、そこに加えてもらっていないのだから。
だとしても、加えてもらっていたのは事実なわけで、そのことに礼をすべき相手は、現在のスクラムの主へとウエイトを移してしまっているのだし、そちらを優先するならば自分はすっと退散すべきだのだ。退散すべきなのだけれど。自分が不恰好に動いて去ろうとしたら、逆に彼らには目障りかもしれない。こんな時は、本当に、影も形もなくなってしまうべきなのに。自分なんかは。
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