「あの」
と声を上げ、麻祈が立ち止まっていた。
のみならず、顔を振り向かせていた。だけでなく、話しかけてきていた。距離を置いて、真後ろにいた紫乃へと。あろうことか、向き直った。
「帰り。どうなさるんですか? 僭越かと思いますが」
紫乃は、その場に立ち尽くした。
.
そして、展開された状況を確認して、確認した状況を呑み込んで、塞がらなくなった最大開の口を随意に取り戻すまで、数秒から十数秒。なにがなんだか分からないまま、とりあえず紫乃は会話するのに相応しい程度まで彼との間合いを埋めて、質問に答えた。
「ええとその、メールで連絡が取れてますから、家族が車で迎えに来てくれます。駅前のロータリーまで。多分、お姉ちゃんが」
「そうですか」
麻祈が、さほど逡巡するでもなく、相槌を提案に変える。
「でしたら、俺と同じ行き先です。よろしかったら、一緒に行きませんか?」
「え? あ、そんな……」
紫乃は躊躇した。渡りに船の申し出だったのは確かだが、彼を勝手にナビゲーター扱いしていた手前、こうして追尾に気付かれてしまった今となっては、後ろめたさに拍車がかかる。それに、入り組んだあんな最奥から、ここまで来れたのだ。あとは携帯電話の機能を駆使すれば、なんとかなるのではなかろうか―――
という軽はずみな立案は、路肩にある隙間道から巨漢がのっそりと歩み出てきたのを見てしまった途端に瓦解した。よく見てみれば、巨大だったのはスポットライトのようになった蛍光灯によって路上に広げられた人影だけで、大元の当人はというと、ありふれた小男である―――コップ酒と仕事鞄を提げた、ただそれだけの、無害そうなサラリーマンだ。だからこそ紫乃は、己の無謀さに打ち拉がれた……来た道を辿って戻ろうとしたなら、酔いどれた自分は道端のタンポポが風に揺れただけで魑魅魍魎の手招きとでも錯覚して逃げ惑いかねない。そうなってしまえばロータリーまで行き着けず、明日の朝には捜索願だ。それだけは、どうあっても防がなくてはならない。
紫乃は、麻祈へ、ぺこりと頭を下げた。へべれけとして道を行くサラリーマンへと熱の無い瞥見をくれている彼は、ろくに見ていやしなかったろうが。ぼそぼそと、願い出る。
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