「―――はい。すいません」
「なら、行きますか」
見ていやしなかった筈なのに。返事があった。
顔を上げる。麻祈と目が合った。
彼は、紫乃を見つけてくれていた。今この時さえも。
言うしかない。
「あ、ありがとうございます!」
彼はそれを、女性が同行者を得た安心ゆえの凡庸な謝辞と捉えたらしい。こちらこそ、とだけ口にして、やんわりと歩き出す。紫乃も、それに倣った。
.
彼がさっきまでの早足をいつ取り戻すのか、麻祈に横隊しつつ戦々恐々と競歩に備えるのだが、一向に歩速は変わらない―――ゆったりと歩数をカウントしていく中で、彼がどういったことを考えているのかは、想像だに出来なかったけれども。こんな夜半近くのシャッター街にウィンドウショッピングするようなものはないにせよ、それでもその可能性さえ疑えてしまうような無感情な瞳を窺うと、いくらなんでも紫乃に足並みを合わせてくれているというのは思い上がりだろう―――現に彼は、ただ黙々と道を行くだけで、その目がこちらを注視するようなことも、注視までいかない観察眼を補うような言葉掛けもしてこないのだから。
紫乃は、ほっと息をついた。本当に彼とは、目的地が合致しただけなのだ。肩の荷が下りて、歩くのも楽になった気がする。実際、来た時と違ってちゃんと明かりと舗装が整った道なので、変な小石に足元をすくわれないか一歩先を確認せずとも歩いていけるというのも大きい。やっとこさ、つま先より前を見上げて―――
(! 大通りだ!)
紫乃は、それこそ安堵に胸を満たされ、押し上げられた吐息がもう一回 口からはみ出るに任せた。
広々とした歩道に、それ以上に広々とした車道と、歩道にいるくせに車道にまで根を跨げて蜘蛛の巣じみた罅割れを引き起こしている巨大な街路樹の縦列駐屯が見える―――その整列の先にあるはずの、煌々と照らし出された駅とロータリーを思い出せば、思わず駆け出してしまいそうになる。紫乃は、ほんの少し、前屈みに身を乗り出した。その時。
[0回]
PR